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10/08/07 暑中お見舞いに代えて - ひと足早く秋の花「菊」の満開と、大正6年夏の帽子の陳列をご覧下さい。 

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明治26年発行の『契菊百図』の内、『巻之一』『巻之二』。それぞれ多色刷木版による菊の図版25図ずつを収める。図版にはそれぞれ名前が添えられており、画像左から、小銀台、清涼殿、九重錦、錦之袖、下の見開きを使った図版は朝日鶴。僅かに紙の折癖と表紙まわりの多少の汚れはあるものの、埃シミや虫喰いは一切なく良好な状態が保たれている。

■早いもので今年ももうすぐお盆。曜日の関係で今年は夏休みも比較的短めの方が多いというのに小店ときたら …… 大変申し訳ない次第ですが、8月11日(水)から8月16日(月)まで店はお休みをいただきます。明日、7日(土)と来週10日(火)は12時~20時で営業いたします。また、17日(火)からはいつも通りの営業に戻ります。夏休みの間も市場に行ったり、またしても溜まったままの雑務の整理が待っていたりで、結局いつもと変わらず過ぎていきそうな一週間ですが、せめて少しは体を休めて、また店に戻りたいと思います。みなさまどうか楽しい夏休みをお過ごし下さい。
夏休み直前、恒例の今週の新着品のご紹介です。先ずは明治26(1893)年、長谷川契華著『契花百菊』。多種多彩な菊の品種を多色刷木版で紹介したもので、『巻之一』と『巻之二』の2冊が入荷いたしました。32×22.5cmと比較的大きな版型で、『巻之一』『巻之二』ともにそれぞれ多色刷木版25図を所収。この調子でタイトルにある“百菊”図を発行したとすれば、全4巻が発行されたはずですが、国立国会図書館の所蔵冊数や「日本の古本屋」などから見て、実際に刊行されたのは3冊までだったようです。現在でも、愛好家が丹精した菊の品評会が各地で開催されているようですが、菊の栽培は江戸時代に流行、この頃から品種改良された新花の品評も行われたという古くから続く趣味のひとつで、当書が発行された明治時代には、大輪を競う傾向にあったとか。市場で先ず目をひかれたのもやはり、紙面いっぱいに描かれた「大菊」の大胆な構図と迫力 - とくに横見開きいっぱいに描かれたものには瞠目 - にありました。

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大正6(1917)年発行『ウヰンドータイムス 第二号』より。上段左から 表紙、別刷紙片を貼り込んだ「ポスタースタンプ」の図案例、やはり石版刷の別刷を貼り込んだ「ウヰンドーバック図案」 下段左・見開き上段は東京松屋呉服店、同じく見開き下段は大阪大丸呉服店、下段・右の上下は東京丸善の、いずれも夏の帽子を使った大胆かつ瀟洒な陳列の写真。

「菊」と聞いて先ず思い浮かぶ辛気臭いイメージや、絵葉書でお馴染みだった菊人形のあの独特のキッチュないかがわしさとは全く無縁であるばかりか、アール・ヌーヴォー華やかなりし同時代ヨーロッパの植物画や植物図案と比べてもこちらの方がモダンではないかと思うほどです。波濤がぶつかり合うように多方向に白い花弁が開く「打合浪」、黒に見紛う深い紅色をした「濡烏」、紅白の花弁が大輪を二分する「源平」など、ネーミングの妙も。ちなみに左の画像中、左から2点目の名前は「清涼殿」。ささやかながら、暑中お見舞いに代えての新着品です。
『ウヰンドータイムス第二号』銀座・ウヰンドータイムス社が大正6年6月発行した、ショーウィンドー装飾を中心とする商業美術専門雑誌。内容の性格上、カラー石版刷のサンプル図案や実例写真など多数の図版が楽しい雑誌です。巻頭記事はこの当時大阪に移っていた三越の宣伝マンで、「今日は帝劇、明日は三越」の名コピーの生みの親・濱田四郎による「ウヰンドーの鑑査標準」。“ウヰンドーの出来栄えを論評して甲乙を付”すコンクールが流行し始めていたのに対し、主観的かつ多様になりがちな評価に明確な基準を提案するもので、当号は連載の2回目分。ニューヨークの百貨店で採用されている採点表などを交え、理路整然と評価への道筋を考察しています。同じ三越の宣伝部から、松宮三郎は上林機峯なる人物を相手に広告における作家本位主義と商売本位主義をめぐる論争をふっかけ、アメリカのポスター・アドバタイジング協会における講演「ポスター芸術の発展」を翻訳して紹介し、「ウヰンドー陳列は最も強き暗示広告なり」ではアメリカの例をひきながら暗示広告の成功事例とともに心理的側面を解説 … といった具合で、日本の広告界がすでに相当なレベルで成熟していたことを思わせる内容です。三越、松屋、いとう呉服店、クラブ化粧品などと並んで、ウィンドー・ディスプレイ専用什器を扱う商店の広告も写真入りで散見されます。大正6年といえば西暦1917年。維新から半世紀を経て、ショーウィンドーが都市を飾り、飾り窓が遊歩者を集め、広告意匠家は遊歩者へのメッセージに趣向を凝らす、西欧先進諸国の都市像に追いつきつつあった日本の姿がこんな雑誌の1冊からでさえ、透けて見えてくるようです。
今週はこの他 … … の続きはまた来週、当新着品ご案内で。店は夏休みですが当新着品の更新は無休でまいります。休みといえどもお忘れなく、またHPもご高覧いただけますよう、徹頭徹尾勝手ながらのお願いを申し上げまして、夏休み直前の新着品も「打ち止め、うちどめぇ~」。

10/07/31 説明不要の対外広報印刷物 名取洋之助・日本工房制作 折本『日本』 / ソフト輸出の目論見か? 平凡社発行のデザイン年鑑『美 1936』

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上中央は折本の表紙。裏表紙も表紙と同じ銀紙使いで「NIPPON KOBO」とエンボスで入れられている。35曲・裏表70面で、テーマ毎に見開きで1図となるように構成されている。誌面のほとんどがフォトモンタージュで占められる。

■M氏「サトーさん、落ちたらどうします。」NG堂「いや、落ちるはずないから。だいじょーぶぜんぜん。」M「あ。サトーさん。見て下さい。」NG「え。何。」M「落ちてます。」NG「何。うそ。」M「いえいえ。本当ですってば。しかも。上札。」NG「い、いひいひいひ」M「支払い、どうするんですか? 」NG「う。(私が聞きたい)」A氏「いっときに比べると随分安くなったねぇ~」NG「そそっ、そうですね。 ( ウチにとってはまだまだ高いの )」P氏「絶対売れますよ。 時間、かかるけど。」NG「そ? そぉ???( ふん。支払いは来週だい)」K氏「ニチゲツさん、週末にこの一冊かかえてニューヨークに飛ぶんです!弾丸ツアーで帰ってくれば必ず旅費の分が出て支払いにも間に合います!」NG「はは、はははははは(それは無理)」。- 古本屋開業以来苦節に苦節を重ねて14年(ほんとーです)、昨日2010年7月30日の明治古典会で、最終発声で小店の名前が読み上げられるというのを初めて体験いたしました。ちょっと説明しておきますと、最終発声というのは緋毛氈の敷かれた最終台の上に並べられたその週の逸品とされる商品群から、その日最も高値がついたものの商品名と落札価格と落札店名を最後の最後に読み上げるというしきたり。で、冒頭の会話は誰一人として想定していなかった小店の落札で、ご同業のみなさまから賜りました冷やかし半分の、でも温かい、労いの言葉でした(ご心配をおけしております。はい)。間違いなく小店にとっては空前絶後となろうかという体験で落手いたしましたのがこちら。名取洋之助率いる本工房が制作、国際文化振興会が発行した対外広報用折本『日本』。周知の通り、日本の戦中プロパガンダ関係出版物として必ず名前が挙がる一冊です。すでに研究も進んでいるため、細かいことは書きませんが、日本の誇らしい ( 実体は全然、全く違ってたわけですが ) 政治、経済、軍事、文化、生活などを紹介したもので、最低限の紹介文が英仏独の三カ国語であしらわれ、誌面のほとんどは非常に大胆なフォトモンタージュで占められています。発行は1938年3月頃とされており(本体は元々刊期記載なし)、写真は名取、木村伊兵衛、堀野正雄、土門拳、岡田紅陽など構成は熊田五郎(=千佳慕)が担当しています。いまさら小店が何か言及を加える必要もない品物ですが、図録『名取洋之助と日本工房』にある記載との異同だけ記しておきます。①「表紙箔押し文字が青のバージョン(中略)にはキャプションや扉の貼込みがない。」とありますが、新着品=青文字ヴァージョンには扉にタイトル「JAPAN  THE NATION IN PANORAMA」以下、欧文の貼込みがあります。ちなみに今年の「明治古典会 七夕大市会」に出品された青文字ヴァージョンには、図録の記載の通りこの貼込みがなかったので、このヴァージョンはこれまで確認されてこなかったものなのかどうなのか。その辺りは不明です。②裏表紙のエンボスは右下の「NIPPON KOBO」の部分のみで、ものによっては押されているという左下の「国際文化振興会編製」は見当たりません。③図録掲載分で確認れさた中国語の別紙貼り込みは、当品には添えられていません(貼られた痕跡もなし)。- といったワケで『日本』の全ヴァージョンを蒐めようという方にはなかなか興味深い一冊なのかも知れませんが、一体どこにそんな奇特な方がいるものか。ニューヨークにいるのか(いないって)。この一冊に収められた、おそらくは世界的に見ても完成度の高いフォトモンタージュによる表現は、しばらくは我がものとしてつくづく見入ることになりそうです。いやその前に。残高確認!いや金策か?

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赤白二色使いはカバー、その上が本体の装丁。右は福沢一郎による自動車ポスターの試作作品で、「シボレー」の名前が。下見開きの左頁は猪熊弦一郎による観光ポスター、右は東郷青児による香水ポスターの、それぞれ試案。状態極美。

こういう週に限って、最終台手前の方からそれなりに粒揃いの落札品がございまして。小店あるじにとっては今回が初見、従って落札も初めてとなった『美 1936』( 昭和11年、平凡社発行 )。巻頭の「発刊主旨」を簡略化すると、世界中から美術・文化界の資料を集め、その新傾向と考察を迅速に報道することで、日本文化の向上と工業製品等の“世界飛躍”に資する、という目的の下に発行されたもので、一言で云えばデザイン年鑑のような刊行物。例えばイギリスの『STUDIO』の別冊広告特集などと非常によく似た内容と体裁 - 但し、こちらはカバー付き - となっています。また、『STUDIO』やフランスの広告年鑑がその年の優秀広告物を集めているのに対し、『美 1936』では一部海外の優秀デザインをひきながらも、ほとんどが国内の著名画家、デザイナーが当書用に提出した未発表作や試作作品を収めたものと見られます。例えば藤田嗣治による化粧品向きポスター図案、東郷青児の香料ポスター、在巴里・木下勝治郎の壁紙図案、中山巍のティーセット図案(いずれもカラー)、福沢一郎の自動車ポスター(何とシボレーのフォトモンタージュ。おそらく無許可でしょうね。)、川口軌外の布地図案など、錚々たるラインナップ。さらに、『STUDIO』などではカテゴリー別に編集・出版される美術・工芸、グラフィック・デザイン、建築などが、全てこの一冊にまとめられている点も異なるところで、とくに建築については堀口捨己、市浦健、谷口吉郎に山脇巌の実験住宅、レイモンドの吉祥寺の赤星邸宅まで、当時の新鋭・気鋭のオールスターキャストといっても過言ではありません。辰野隆のパリレポートに福島繁太郎によるマチスとの対話なども図版入り、何気なく置かれたように見られるテキストも執筆者を見れば長谷川如是閑、菊地寛、横光利一、室生犀星、堀口大学、岸田日出刀、内田誠等々という力の入れよう。発刊主旨と目次には欧文が併記されており、もしやこの当時、すでにソフト=デザインの海外輸出を目論んでいたのではないか、なんて深読みしたくなるところです。とはいえ、『日本』が発行されたたった2年前、ここにあるのはあくまで“平時”のデザインです。海外にも眼を転じ、世界と折り合いをつけていくためのデザインと云えるかも知れません。これに比べて『日本』は文句なく格好いい。尋常ならざる、度はずれた格好のよさです。ナチスの制服やロシアのプロパガンダ誌『USSR』などでもそうですが、尋常ならざる格好よさの向こうには、やはり何か不穏な思想や思惑が潜んでいるのではないか。少なくとも、そう疑ってみるべきではないかと、このテのものを眼にする度に思います。カッコいいものには気を付けろ - 今年もまた、8月15日が近づいてきました。
■今週はこの他、洋書『ディアギレフ』(リチャード・バックル)等バレエ関係書4冊、所謂『回覧雑誌』1冊、薬品関係の広告を中心に紙モノが小さな1箱、渡航日記を含む前田渼子遺著『花筐』戦前の映画関係研究書12冊戦前映画雑誌『映画創造』『新映画』14冊などが明日には店に入荷いたします。来週からはまた、ワイルド・サイドを歩んできた店の格と、店主の実力欠如に相応しく、控え目に、極々控え目に、そして、脇道から何かをすくい上げるいつもの姿勢に戻って、仕入れたいと思います。それにしても。いつになったら私の上に穏やかな生活というのがやって来るんでしょーか。残高照会!金策?-どちらでも無理。

10/07/24 この堂々たるアナログのエネルギーを見よ ! 山路閑古の個人雑誌『散歩』129冊 と 多色木版刷図案集

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創刊から2号まで、表紙は『週刊朝日』の本文頁を利用。3~5号は和紙と穏当だが、6号以降は洋雑誌が使われたため、川柳、艶話、古本関係の話題などを含む随筆など粋な内容とは少々異質な印象を与えることとなった。但し、デザイン的には何ら頓着された痕跡はなく、あくまで無造作に切り出されたもので、題便も図版を配慮することなくほぼ定位置に貼り込まれている。

■暑中。もとい。酷暑お見舞い申し上げます。頭上からの直射日光に加え、足元からはアスファルトの輻射熱に - 犬種で例えればダックスフント辺りに分類されるかと思われる - 短躯を焼かれて、今週の小店あるじは街を歩く一歩毎に太陽が発している熱量の凄まじさを思い知らされているようであります。表参道駅から小店に辿りつくまでに遭難しかねない。そのせいでしょうか(と、思いたい)、店には本当にだぁれっ~も来ない。こういう時こそ仕事に勤しむべきところ、腑抜けたまんま過ごした一週間。ここらで喝を入れるべく、といっても何のことはない定例の、新着品のご案内です。この薄っぺらい冊子の夥しい数は全て大学で化学を教えたれっきとしたセンセイにして、古川柳や地下本の研究者として知られた山路閑古による個人雑誌『散歩』昭和27年に創刊号を発行、以後延々と号数を重ねて昭和40年の第129号まで、129冊まとまっての入荷となりました。内容はと云えば山路お得意の川柳、艶話に関する紹介や随筆が中心ですが、面白いのが毎号近況報告に代えて掲載された山路の日記で学者兼趣味人としての交遊の幅の広さを伺わせます。いやしかし。古川柳も地下本も艶話も江戸文学も、果ては山路本業たる化学についても、とんと無縁な小店でありますから、入荷の理由は内容ではございません。というあたりが小店の実に表層的なところでありまして ( 威張ってどうする )、というのは画像でもお分かりいただけるかと思いますが、この徹底的といってもよさそうな“個人”誌に費やされたエネルギーにありました。各冊B6、ほとんどが本文三段組み8Pという豆雑誌ですが、54号までは各号色違いの絹糸綴じ、木版刷の題箋を貼り付けた表紙は、そのあたりにあったと思しい雑誌や古紙を切り出して使用。従って、同じ号でも同じ表紙のものはこの世に1冊きり、ということになるわけで、どこまでいってもコンプリート・コレクションの形成は不可能。山路さんたらひょうひょうとした面持ちのわりに人が悪いんだから(って本当か?)。また、デザインなどの作為を排しあくまで無造作に切り出された古紙に、これまたあくまでデザインなど無視して決まった位置に貼られる題箋とからなる表紙は、かえって面白い効果を上げているケースも多く見られます。ガリ版文章には活字文章と違って“そこはかとなく好色味の漂ふ”からといって孔版印刷に入れ込みながら、しかし52号からはあっさり活版文章へと移行するあたりは、個人誌らしい勝手ぶりとでも評しましょうか。

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画像には全て縦型にデザインされたものをとったが、見開きによっては横型にデザインれたものも。キモノの着尺と比べると心持ち幅が狭いようにも見える。見開き15面に短冊型の図案57図を所収。

無造作で自由で、誠に勝手に、しかし自ら書き、編集し、孔版を切り、或いは校正をし、毎号一体何冊を仕立てたものかその一冊一冊に表紙を付け、題箋を貼り、13年間ほぼ月刊ペースで発行されたこの個人誌に費やされたエネルギーのことを考えると、ほとんど眩暈に似た思いに襲われます。私なんぞが毎週一回、作業が深更に及ぶといったところで、パソコンに向かって短時間にデッチ上げている新着品情報なんていうのは、これに比べれば小指の先ほどの努力でしかなく、しかもあと数年もすれば我が身を含めて本好きを自称する人間のかなりのパーセンテージが「やっぱり電子書籍、ラクだわ」なんて云っていかねない昨今の状況を思えば、このようなメディアはもはや過去にしか存在しなくなるのではないかと、実体ある129冊の持ち重りを感じながら自宅に持ち帰った次第です。あ。号によっては挟み込み附録なんていうのも。コンプリートはますます不可能。
うわっ。ここまでですでにA4・1P分の文章量。今週も紹介文短縮のためにもう1点は簡単にいけるもので。昭和11年、京都・内田美術書肆発行の『四季もよう』。図案の縦横サイズのバランスから見て、キモノの着尺や短冊、ポチ袋などに応用できる図案として提案されたものと見られ、画作者は樋下又平という人。 A4より一回り大きいサイズの経本仕立てで、見開きに先ず図案部分を掘り落とした木版一色刷で背景画面を作り( 図案部分が白抜きで残され、エンボス加工に似た効果も )、その画面に短冊型の多色木版直刷の図案が3~4図配された見開き全15面・背景を除いた全57図を所収。画像にはとりませんでしたが表紙ももちろん多色木版刷です。使用された色が最も少ない見開きでも15色+背景色1色の16色、失敗の許されない直刷とあって、この繊細な仕事に注がれたエネルギーもまた膨大。いかに電子化が進もうが、こうした手仕事だけは、やはり実体あるものを通じてしか伝えられないものだと思います。
■今週はこの他、戦前の雑本を中心に「本」が縛りで約21本と大量入荷、建築関係の白っぽい書籍が20冊1930年代映画洋雑誌の合本6冊に、雑多な紙モノが1箱など、合わせてカーゴ2/3台分が明日、店に配達される予定。よりによってこの暑さのなか、どうしてこんなに買ってしまったのか。しかも売れないものばかり。これも全部暑さのせい - と思いたい7月・酷暑の日月堂です。

10/07/16 アンリ・ジル=マルシェ来日関係印刷物6点が入荷いたします。その他は駆足で (… 暑さと眠気に負けました)。

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上左より時計まわりに ⑤音楽文化クラブ主催・京都『講演とピアノ演奏 : フランス音楽の夕』 ①大正14年薩摩治郎八主催者・初来日公演ペラもの ④昭和6年慶応義塾主催『仏蘭西音楽の夕』 ⑥無刊期『ヂルマルシェックス氏 ピアノ独奏会』 ②薩摩治郎八執筆の『仏国洋琴家 アンリー ヂルマルシェックス』 ③昭和6年 音楽同好会発行『同好会パンフレット ヂルマルシェックス』

■先週アップを控えたのは、少しは調べがつくのではと楽観していたからなのですが。案に相違して資料に乏しいことが分かったアンリー・ヂルマルシェックスことアンリ・ジル=マルシェの来日公演関係印刷物。まごまごしていたために店に入れるのは明日からとなる新着品です。ヂルマルシェについては昨年、初来日時のパンフレットをこちらでご紹介いたしましたが、今回はこの時と同じ大正14年・帝国ホテルでの連続公演の際の異種2点を含む全6点。入荷分を時系列に並べていきます。①大正14(1925)年10月、薩摩治郎八が主催者代表を務めた初来日の際のチラシ様ペラ。チラシといっても薩摩プロデュースだけに贅沢なもので、B4サイズ、パンフレットに収められたデザインをベースにしつつも、追加した情報部分は色を変えて3色×2色の両面印刷で瀟洒に仕上げられています。裏面には大田黒元夫の写真・批評や評論家「ローラン・マニュエル」氏の藤田嗣治による肖像画とジル=マルシェ評も。同じく大正14年の初来日時、パンフレットより薩摩が執筆したジル=マルシェの長大な紹介文のみ抜き出したA5・6面の折り畳み印刷物。『仏国洋琴家 アンリー ヂルマルシェックス』と題されています。③昭和6(1931)年10月音楽同好会が発行した『同好会パンフレット ヂルマルシェックス』。小体ながら3段組・23Pでジル=マルのテキストやアルフレッド・コルトーの書簡の翻訳など内容充実。もちろん、4日間にわたって予定された来日独奏会及び演奏会と、文化学院主催で開かれた「音楽解釈についての講座」第1~5講の内容も。④昭和6(1931)年12月、慶応義塾主催『ジル・マルシェックス氏に依る仏蘭西音楽の夕』はB4二つ折りの独演会のプログラム。⑤昭和12(1937)年音楽文化クラブの主催で京都・華頂会館において開かれた『アンリ ジルマルシェックス氏  講演とピアノ演奏 : フランス音楽の夕』のA3二つ折りプログラム。

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サーカスのテントから人間と動物による出し物まで約30点、切り抜いて組み立てて遊べる絵本。20世紀初めのアメリカで発行され、カラー石版刷。色褪せや疵などほとんどない美品。極めて小店店主好みの1点。

⑥『アンリー ヂルマルシェックス氏  ピアノ独奏会』は無刊期、B5両面の番組一覧。松韻会主催・常盤会後援、会場が華族会館であることから、学習院関係筋で開催されたものと推測されます。ジル=マルシェの来日活動を見ていくと、当時の現代音楽がプログラムに積極的に取り入れられていること、多くの場合、演奏会とともに講演や講座が開かれていることが分かります。ジル=マルシェというピアニストは、単なる演奏家に留まらず、日本人にはまだ広く或いは深く理解が及んでいなかった西洋の音楽史・音楽理論の紹介者としての役割も果たしていたようです。一方、東京・馬込の「音楽同好会」や、京都の「音楽文化クラブ」 - この時の企画が「第三回事業」と記されています - かなりしっかりと活動していた様子を伺わせながらも詳細は不明。とくに音楽同行会の代表者・高野武郎という人は、『牧神』というタイトルだけでもそそられる雑誌に関係していた可能性があったり、巴里のエージェントと契約し - 「此度の演奏会もそのエイヂエントを通じて本会が斡旋」- 東洋での窓口なったり、「日本音楽家吉田晴風氏一行の訪米演奏旅行斡旋のため一行とともに横浜解纜浅間丸で渡米」するなど、この当時かなり華々しく活躍していた痕跡を残しながら、詳しいことは全く分かりませんでした。どうにも気になる人物がこうしてまた一人、増えてしましたというわけです。やれやれ。
どんどん長くなるこの紹介文をどうにかしたい。これじゃあ毎週眠れない、というか眠気との戦いが大変。しかも暑い。いやいや何より読んで下さる方にとってご迷惑。しかし…… と考えまして今週は苦肉の策、説明が短くてすむものをというわけで。2点目は簡単なものでまいります。『The FOLD-A-WAY CIRCUS』は切り抜いて・組み立てて・遊べる絵本。シカゴのREILLY & BRITTON社発行、デザインとパターンはWill Penteという人が手掛けています。B4サイズで遊び方や場面を記したモノクロページが3面、残り11面がカラー石版刷。無刊期ですが、20世紀初頭につくられたものと見られます。ちなみに海外のサイトで調べてみると、当品と同じ版元・デザイナーによる切り抜き着せ替え人形絵本というのが存在しており、こちらは1917年の発行。で ! とんでもない値段!! が付いているのには驚きました(いえいえ小店でそれはあり得ません。常識的なお値段で出します)。

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旧蔵者自作の和紙貼夫婦函に収められた布裂97点。函の蓋の側も布裂3点をあしらい、中身=97点の布裂は全て和紙を使ってブックマットのように仕立てられている。布裂は黄八丈、大島紬、絣などの上質なもので、柄ゆきや色味など伝統的・古典的なものが多い。

テントの幕や円形の舞台から始まって、団長、楽隊、売店等背景一式、そして各種曲芸師・動物等約30点の出し物まで揃っております。出し物の中には当時世界で喝采をあびていたチョンマゲ姿の東洋人による足芸も含まれておりました。ううむ。これも資料 か ? どうかはさておき、版元は異なりますがほぼ同時代の「乗り物ヴァージョン」と「着せ替え人人形ヴァージョン」もそれぞれ1冊・合わせて3冊の切り抜き絵本が入荷、どれもなかなか洒落てます。
■次もできるだけ短くまいりましょう。黄八丈、大島紬、紬など布裂のコレクション全97点を自作の函に収めたコレクション。布裂そのものの入荷は久しぶりです。年代の特定が難しいところですが、おそらく布裂自体も戦後に作られたものが多いようで、それもあってか97点全点、シミやキズ、色褪せや虫食いなどほとんどない非常によいコンディション。新しい、といっても安っぽいものは1点もなく、柄や色味などは伝統的・古典的なものが多くとられているので、このままの状態で保存できれば後々非常に良いコレクションになるでしょう。耳付き和紙を二つ折にして窓を開けたブックマット仕立て、数点を除いて布裂部分の大きさは13×7cm内外とこの手のコレクションとしてはサイズの点でも不足はありません。自作の函は夫婦函のジャストサイズ、内側まで和紙が貼られるなど丁寧につくられています。旧蔵者を同じくするコレクションはもう1点、「伊つ屋内」「御嶋手本」の筆書きが残る江戸末~明治初め頃のこちらはふっる~い縞帖とともに入荷いたします。縞帖もコンディション上々、ところどころ余白に墨で書かれた子供のような文字も魅力的です。
今週はこの他、大正~戦前の映画誌『映画往来』『映画研究』12冊、『ハイナー・ミュラー テキスト集』等芸術関係書10冊戦前東京関係書6冊なども明日には店に入荷。と、今週後半はようやく正常な長さで収まってくれました。来週はできれば全点この調子でいきたいものです。何しろ暑いのにはかないません。暑さ厳しき折、皆様もどうかくれぐれもご自愛下さいませ。

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