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10/07/10 「明治古典会 七夕古書大入札会」の落札品から。洒落者 J.プレヴェールおじさんのコラージュ作品とユリウス・クリンガーの図案集はともに一期一会モノだと思う。

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画像上段左は表紙。その下は、当書に挟まれていたジャック・プレヴェールが顔を覗かせている同展覧会時の写真。上段右はオリジナル・コラージュ作品の1点目。実際のサイズは表紙の1/2程度(画像では原寸より大きめに処理) 下段右は扉見開きで、左側のページのカラー図版もコラージュが施されたオリジナル作品で、ジャック・プレヴェールの識語署名入り。

■お客様に代わっての代理入札分を除けば、はなからボウズは覚悟の上、後学のために出掛けた先週の「明治古典会 七夕古書大入札会」。事前に発行された目録を見た段階で、「できることならこれだけでも」と念じていた某資料は肩透かし、一方、目録ではほとんど注目していなかったのに俄然やる気になったのが『IMAGES DE JACQUES PREVERT(ジャック・プレヴェールのイマージュ)』でした。私等世代のシャンソンと云えば、真っ先にタイトルが頭を過るはずの「枯葉」の作詞で知られる詩人であり、「天井桟敷」を始めとする映画の脚本を手掛け、戦前よりシュルレアリストや前衛画家たちと親しく交わり、後年には絵本の世界でも才能を発揮 … と、多彩に活躍、どの分野の仕事も未だに色あせることのない魅力を放つ、フランスの才人ジャック・プレヴェールのコラージュ作品を集めた展覧会の図録です。調べてみると、展覧会は1957年、プレヴェール57歳の時にパリのMAEGHT画廊で開催されたもので、当図録には作品19図を所収。これだけなら「俄然やる気」とまでには至らないのですが、表紙を開くと写真が1枚挟まれていて、同展の準備もしくは会期中に撮られたものでしょう、ギャラリー内のカーテンの脇から咥えタバコで外の様子を伺うプレヴェールおじさんの姿が。いかにもパリの街角らしい風景を切り取った写真はもちろん魅力的ですが、しかし、問題はこの次のページから。深紅のマット紙に貼り込まれた作品は、「J.P」の署名も添えられたプレヴェールのオリジナル作品そのもので、渓谷と水面の風景を思わせる抽象表現を背景に、非常に繊細な銅版画が複雑にコラージュされており、さらに白と黒を筆で加えた痕跡までもが未だに瑞々しく残されています。これ即ち世界に1点きり。ここまでくればもうすっかり「俄然やる気」なわけですが、あまりよそ様に知られたくない身としてはあくまで冷静を装って次ページへと進むと、ここからは普通の出品作品の図版 … かと思いきや。これまたコラージュによるオリジナル作品。フランス語による署名、識語も添えられています。つまり、2点もの署名入・オリジナル作品が入った、どう考えても二度と出会うことのない1冊というわけです。ここまで来るともう内心大いに盛り上がっております。気が付くと一人で「うー」とか「あー」とか唸ったりなんかしております。唸りながら長いこと見ていたりするとかえって人目をひくおそれもあり長居は禁物。ここは真剣勝負の札を入れて7月2日(金)、古書会館を後にしました。しかし、翌・土曜日になってもどうにも気になるのはこの本のこと。この日も会館に詰めているはずの親しい方を電話でつかまえ改め札の入札をお願いしたり ( 有難うございました!)、どうにも落ち着かない数日を経て、お陰さまで無事落手できたという次第であります。これだけはしばらく自分で楽しむつもりだったのですが、やはり会場で現物をご覧になったお客様から注文をいただくことができましたので、実はこの1冊、すでに行き先は決まっております。ですが、お客様には小店のたっての願いに快く応じていただき、HP上でのお披露目となりました。二度と入手の叶わぬ1冊ですが、ここに記録が残ればそれだけでもう十分、古本屋、どんなものでも“売ってなんぼ”であります。これゾというものであればあるほど、お客様に買っていただけるようでなければいけません。まだまだ知らない驚嘆・讃嘆の書物・紙モノがこの世に存在し、いつ現れるかも知れないのですから。売りますよ、私は。次なる驚嘆・讃嘆を買うために。

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上段左は二重タトウの内、外側。その下、オレンジ色の桝形が鏡。下段左は付属の鏡を使ってプレートを見た場合の一例。下段右は二重タトウの内側でフラミンゴの図案は外側と共通。これら以外の4点は64枚の未綴じ図案プレートから、リトグラフ刷のプレートの例。

プレヴェールおじさんの右二つ隣あたりに出品されていたこちらは、目録の段階から気になっていた1冊でした。『LA  LIGNE GROTESQUE ET SES VARIATIONS DANS LA DECORATION MODERNE』。タイトル、長いです。日本語に訳すと『現代の文様と装飾画におけるグロテスク様式の系譜とその変容の諸相』。こちらも長い。グラフィック・デザイナーでポスター画家としても活躍したユリウス・クリンガーと、やはりグラフィック・デザイナーだったハンス・アンカーの共著による図案集。ここで云う「グロテスク」は、奇怪とか不気味とかの方ではなく、動植物をモチーフに主に曲線で描かれる文様意匠のこと。奥付かがないためか、資料によって1903年頃とも1905年頃ともされる当書の刊行当時は、ご存知の通りアール・ヌーヴォー様式華やかなりし頃。タイトルに云うグロテスク様式というのはあくまでアール・ヌーヴォー様式の起点として捉えられたもので、要はこの本、当時流行真っ盛りのアール・ヌーヴォーの図案集です。二重のタトウ - 外側は厚紙に紙と布で内張しスナップ留め。内側は厚めの紙で袖と天地の部分を折入れ - に、16×21cmの未綴じプレート64枚を所収。プレートのほとんどがリトグラフで刷られたもの。書籍であれプレート集であれ、比較的大判が多いこの当時の図案集としては、プレートサイズが小さい。ちょっと物足りないか … と思う方もいらっしゃるでしょうが、この本の面白いのは専用の鏡がついているところ。外側のタトウにある収納ポケットから鏡を取り出し、二つに畳まれているのを開いてプレートの上に上手く置けば、あっという間に4倍のサイズでご覧いただけるという仕掛け。例えば、というので画像にも1点、実例を入れておきましたが、図版の反復やシンメトリーな配置が多用されるアール・ヌーヴォー(この点では後のアール・デコも共通するところはありますが)ゆえに生まれた“アっとびっくり”の秀逸なアイデアであります。著者の一人、ハンス・アンカーはベルリンの美術工芸館付属学校やパリのアカデミー・ジュリアンなどで学んだ画家、グラフィック・デザイナーで彫版師。ユリウス・クリンガーについては小店でも以前一度、ドイツで出版された作品集 (こちらのページのNo.60)を扱ったことのあるウィーン生まれのグラフィック・デザイナー。19世紀末からドイツで多くのポスター・デザインを手掛け、雑誌『ゲブラウス・グラフィツク』では特集が組まれたこともある作家。図録『ドイツ・ポスター 1890-1933』によれば、1912年にはドイツ工作連盟の会員となり、1918年には自らの広告アトリエを設立、1920年代にはゼネラル・モータースの招きでアメリカを訪問するなど活躍を続けましたが、1942年、ユダヤ系であることを理由にナチスの拘束を受けミンスクに移送されると以後「消息を絶つ」たのだとか。日本ではあまり知られていないデザイナーの一人ですが、彼の残したさまざまなポスターも当書も、欧州ではいまも高く評価されているようです。こちらの商品は小店で仕入れたものですので、明日以降、店頭でご紹介いたします。「七夕」ではもう1点、やはりレアものを小店商品として落札。こちらはまた改めて詳しく紹介させていただきます。
付記:発行年について、当品に添付されていた印刷物のコピーに発行年を1903年と1905年とする記載がありますが、海外のサイトで調べるとドイツ語版の発行は1901年。今回、小店に入荷したのはフランスの版元によるフランス語版で、旧蔵者のメモ書きに1902年とあることから、こちらも1901年~1902年の間には発行されていたものと見られます。
■今週はこの他、戦前の楽譜・レコード新譜案内等音楽関係冊子1箱辻潤『絶望の書』『ですぺら』(ともに元版)戦前・戦後の写真関係冊子・書籍類25冊などを落札。こちらは運送の関係で来週火曜日に店に入荷の予定です。プレヴェールおじさんは来週にはお客様にお引き渡しの予定となっております。何しろ一期一会もの、こっそりお見せいたしますので、「これは見ておかねば!」という方はお早目にご来店いただければ幸いです。

10/07/02 “たたかひ”がもたらしたもの - 大阪商船のPR誌『海』と福田豊四郎書簡類

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大阪商船のPR誌『海』はB5サイズで各冊25~50P内外、月刊発行。画像のうち2冊=「海」のタイトルが見える表紙は昭和6~7年の発行で、観光情報多数。また、「うすりい丸」の紹介も。左端は満鉄出稿による「あじあ号」の広告。右から2点目、昭和17年発行分になると戦時色を色濃く反映、表4の広告には「進め 貫け 米英に 最後のとどめ刺す日まで」というコピーが踊る。

■本日、7月2日(金)は「明治古典会 七夕古書大入札会」のために通常の市場はお休み。このため今週の新着品は先週ご紹介のできなかったものからピップアップいたしました。最初は大阪商船の月刊PR誌『海』昭和6 ( 1931 ) 年から、太平洋戦争突入後の昭和17 ( 1942 ) 年に亘る間に発行された各号の内20冊の入荷です。大阪商船は明治17 ( 1884 ) 年国内でもいち早く設立された海運企業。瀬戸内海路線からスタート、明治半ば頃からは日本と朝鮮半島や中国とを結ぶ海外路線に進出し、戦前日本海運の西の雄として名を馳せました。早くから日本と旧植民地間の路線を押さえ、後には南方路線、南米路線など、日本の国策に沿うかのように路線を拡大しています。PR誌は客船の乗客を想定してか、主に“旅”をテーマとした記事とグラビアを中心に構成されていますが、こうした運航路線を反映した結果、満州や北支・南支に関する記事が多く、また、沖縄の観光、バタビアのグラビア写真、ブラジルの移民情報など、いま見ると戦前・戦中の日本の国策関係資料としての意味を持ち得ているのも面白いところでしょう。画像左端のように、満鉄アジア号の広告なんていうものも掲載されています ( これなどペラ一枚で出てきた方が高くなるのでは ) 。執筆陣に松田毅一、山口誓子、北村兼子、高橋廣江、和辻春樹など。広告も「商業美術家連盟」創立メンバー・柴田可寿馬による大阪大丸(カラー広告)や今竹七郎在席当時の大阪高島屋、満鉄案内所など見るべきもの多し。しかしこうした宣伝努力も空しく、太平洋戦争開戦後の昭和16 ( 1941 ) 年に「戦時海運管理要綱」が閣議決定されると客船に至るまで徴用され、海運会社所有の客船も、本格的に戦争に組み込まれ、そのほとんどが海の藻屑と消えました。例えばいま手元にある昭和7年発行『海 No.30』巻頭で満洲国設立と竣工が重なったことが寿がれ、仕様が絵入りで紹介された「うすりい丸」もまた、昭和19年、輸送任務中に台湾沖で空爆撃沈。陸軍省発明の言葉に、「たたかひは創造の父、文化の母」というのがあるそうですが、こんな言葉が通用したこと自体、ちょっと信じがたい思いがします。

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福田豊四郎が藤本韶三宛に送った書簡・ハガキの内、戦前に書かれた分から4点。画像左の書簡に見られるスケッチは福田の疎開先の村の様子をスケッチしたもの。右端のハガキは従軍画家として中国に赴いた際に広東のホテルから藤本宛に出されたもので、反対側は広東の風景絵葉書となっている。

次の新着品は、そうした戦争前後に画家が残した記録の一端です。戦前の美術雑誌『アトリエ』や『画論』の編集に携わり、戦後は三彩社を起こした藤本韶三に宛てて、全て日本画家の福田豊四郎が送った書簡・ハガキが13通。この内、戦中分が8通、戦後分が5通となっています。福田豊四郎は昭和13年に従軍画家として中国に赴いて以来、戦争画を手掛け、多くの戦争美術展に作品を出展しました。ハガキの1枚は戦中、広東のホテル宿泊中に投函された絵ハガキで、「これから目的地に向ふ。当方川端先生、中山、猪熊、吉岡組、元気です。」とあり、川端龍子、中山巍、猪熊弦一郎、吉岡堅二とともに戦争記録画製作のために昭和17年の陸軍徴用令に応じた際のものでしょう。長文の多い戦中の書簡では、戦時体制下の芸術文化や画壇についての話題が疎開先の生活描写のなかにまじり合い、内、書簡1通には、疎開先となった故郷・秋田の村の様子がスケッチされています。これらの書簡には、自然に囲まれた生活の伸びやかさや、食も安定している様子が綴られる一方、「日々の単調さと話相手の無いわびしさ、これは全く日を経るにつれやり切れません。」といった記述も見られます。終戦直前の昭和20年7月15日消印のハガキは藤本が疎開していた下伊那郡宛てに出されており、「新宿の方へ預けた荷物は全部消滅しました。」「陸美(=陸軍美術協会)も駄目らしく、馬来絵巻の安否心配しています。」といった報告とともに、「文化は悪はれ(ママ)、友情のサークルは消えて、全く淋しい感じがします。これが戦争と云ふのでせう。」とも。「急転の戦局後、馬鹿らしくなつたり、腹が立つたり、又、ふと安心したり、当面のことに周章したり、新聞をみて焦らついたり、急ぎ絵を描いたり」と始まる4枚の書簡は敗戦直後に書かれたもので、進駐軍を礼賛する“都会人”への軽蔑、復員兵がその進駐軍より堕落していることへの嘆きなどが綴られ、陸美関係者からの情報で「皆平和産業に切りかへたらしく、一時はそれでも相当慌てたらしい様子」と画壇関係者の近況をひとくくりにまとめたのに続けて「でも自分始めあの当時の感激的な興奮は、人生ざらにあるものでなく」と書いているあたりは、“聖戦美術”が脚光を浴びた時代に直接関わった画家としての、非常に素直な感想と受けとめてよいのかも知れません。ただ今ざっと見たところではこうした内容が目につきますが、戦時下の画壇について、疎開生活について、そして、戦後の文化人の意識について、さまざまな読み込み方ができるのではないかと思います。
■冒頭でも述べましたが、今週7月2日(金)から4日(日)にかけては「明治古典会 七夕古書大入札会」というのが開催されておりまして、通常の市場はお休み。「七夕」というのはこちらでご案内しておりますように、一般のお客様からのご注文を受け、業者が代理で入札するのを主眼に開催される市場で、小店が仕入れのために使えるような市場ではありません。千に一つの僥倖で落札、なんていうものがありましたら、来週このページでご紹介-できれはいいのですが…。

10/06/25 森永製菓の森永学校の成果『森永ベルトライン』17冊入荷 / 19世紀初頭のロンドンと20世紀初頭のパリの装飾デザイン

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『森永ベルトライン』入荷17冊より。上段左から2点目はキャラメルの空き箱を利用した工作趣味の提案「森永キャラメル芸術」の広告。カニの図版はそのお手本としての作品。下段左端は「四国マネキン・セール」での各地店頭の賑わいぶりを報告したグラビアページ。同右から2点目は「開店するには」と題されたグラビアで、改築前と改築後の店舗外装写真の他、本社スイートガール「ミス・トキコ・モリナガ」の姿も。

■今週の新着品、最初は『森永ベルトライン』。1928年に森永製菓が事業を開始した、日本初といわれるフランチャイズ・チェーン「森永ベルトラインストアー」加盟店向けの月刊PR誌で、同誌創刊年にあたる1929 (昭和4)年より1934 (昭和9) 年までに発行された分の内、17冊が入荷いたしました。各号巻頭には、森永製菓を近代的企業に育て上げ、当時同チェーンストアの本部長を務めていた松崎半三郎の写真と経営に関する寄稿1Pを置き、加入者名、チェーン店用新商品の広告や紹介、経営や販売促進のノウハウなど、いってみればごく一般的なPR誌の構成内容なのですが、何しろ「森永学校」と呼ばれたほどの宣伝部 - 1914年に日本のコピーライターの草分け・片岡敏郎が入社して以来、室田庫造、今泉武治、新井静一郎などを輩出 - を擁した森永製菓のことだけあって、掲載写真に見るイベントや売出し風景、商品に添えられたコピーや店頭陳列のデザイン、そしてPR誌のグラフィックデザインまで、やはりどこか違います。販売促進企画では「映画と舞踊の会招待セール」なんていうのは可愛いもので、さしずめいまならキャンギャルか?という「スイートガール」によるPRや、「マネキン・ガール」を起用したキャンペーン、そのマネキン・ガールに世界各国の民族衣装を着せて店頭に立たせた「国際美人風俗セール」、本当に森永のロゴ入り専用機を飛ばしてしまった「森永号・全国ベルトライン協会訪」、時流を反映してキャラメルの空き箱を有効活用した趣味の提案「森永キャラメル芸術」などなど、内容まで詳しく分かります。この頃にはすでに、21世紀の現在に続く販売促進の手法はひと通り出揃っていたといった感さえあります。各地で催されたキャンペーン毎に人で溢れかえった店頭風景が写真で収めら、見る者必ず“森永ベルトラインの店を開けば儲かるゾ ! ”との確信に至ったとしても不思議はなく、少なくとも古本屋より儲かりそうだと、いまの私が見ても - やや、小店だからか - そう思う宣伝の妙でございます。

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いずれも『ACKERMANN’S REPOSITORY』より 上段はゴシック様式のベッドルーム 中段左はベットルーム用とコテージ用の椅子のデザイン 中段右は“パーラー・チェア”3種 下段は書きもの用の机と椅子の組み合わせ

また、画像でご覧いただく通り、表紙から表4の広告、広告のコピーや中面のエディトリアル・デザインなど、PR誌自体がハイセンスで、“洋菓子=おしゃれ”のイメージ形成に寄与しようとの意図も十分。この当時、森永製菓は、内田誠も席をおいていた明治製菓との間で激しい広告合戦を繰り広げていたといいますが、ともあれイメージが商品価値を左右するという点で、思えばお菓子=スイーツの世界は、いまも昔も化粧品や洋服などモードの世界と似ているのかも知れません。「森永ベルトラインストアー」は、もともと商品販売拠点の囲い込みや、明治製菓をはじめとする競合対策として企図されたもので、こうした宣伝の効果もあってか、1942年に解消されるまでに全国4,000店を数えたといい、この数字にもちょっとビックリいたしました。
脈絡が全然ないゾという2点目は、銅版画手彩色のプレートで、日本では出くることの少ないインテリア・デザインを扱ったもの。下の方にある小さな字を解読すると「ACKERMANN’S REPOSITORY of ARTS & c.PUB」とあり、これに続いて1813年から1814年の年月日が記されています。ここからは例によって検索した結果となりますが、この当時、ロンドンの美術出版者として名を馳せていたルドルフ・アッカーマン発行による月刊誌『ACKERMANN’S REPOSITORY』のシリーズに収められていたプレート - と見られます。19世紀初頭、イギリスで流行を見たアンピール様式の家具は、非常に繊細な銅版画の線描と手仕事による着色とで描かれ、全体にとても優美な印象を与えます。また、同時期、同じ版元から刊行された室内空間のプレートは、やはりこの当時の流行を反映してゴシック・リヴァイヴァル様式がとられており、重厚かつ豪華。こちらももちろん銅版画+手彩色の見事なもの。アール・デコ以降の装飾的要素を排除し、より抽象化したデザインが好きな方には縁遠いかとは思いますが、幻想小説好き、或いはマックス・エルンストのコラージュやエドワード・ゴーリーの絵本が好きな方たちには、おそらく“ど真ん中”のテイストでしょう。また、紙の上に残された繊細な仕事は、好みに関わらず、印刷物・版画にご興味をお持ちの方には一見の価値ありかと思われます。

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『FORMES ET COULEURS』 画像一番手前は専用のポートフォリオ。プレートは全て石版刷りで、1枚に数種の図案を組み合わせて配置している。アール・デコ図案が中心。

元々どういう体裁で発行されたのかが定かではありませんが、ご当地イギリスでもいまはプレートバラ売りが主流と思しいアッカーマンによる“宝庫”シリーズ、小店ではこれが初めての入荷で、今回は家具と室内装飾のプレートだけで約20点ほどが入ります
■19世紀前半のイギリス・アッカーマンから、20世紀前半のフランスへ。100年の間には装飾用モチーフもこんなふうにさま変わりしましたというのが今週の3点目。A.H.THOMAS著『FORMES ET COULEURS』は石版刷のプレート集で1920年頃の発行。もう4年ほど前のことになるでしょうか、全く同じものが一度入荷したことがありますが、この時も今回も発行と同時代に日本に入荷していた痕跡が残されており、また、どちらもプレートに欠けがありました。発行当時の定価に加え、当時日本に入った洋書だとすればお値段も相当張ったはず。こうしたものを購入して、しかも使っていた日本人というのは、一体どんな人で、どんなことに使ったのか、そのあたりの痕跡が残されていればもっと面白いはずなのですが今回も不明。プレート全20枚内1点欠け、かつ、プレート毎に状態に差があるため、今回もバラ売りとなります。
今週はこの他、函付きの『左翼劇場』等戦前舞台芸術関係書15冊食品関係の紙モノの貼込み帖2冊初三郎名所絵葉書約20枚、白ぽいところで翻訳文学書と人文関係書が各10冊ほど展覧会図録2本口、と、何故か戦前のガラス絵コースター&お盆、などが明日には店に入ります。




10/06/18 戦前の欧米映画産業事情総まくり『キネマ企業』/ 村山知義旧蔵『流れ』/ 紙モノからは戦前輸出製品用の商標

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有賀長毅著、昭和6年発行『キネマ企業』。漫画家・長崎抜天によるアヴァンギャルドな装丁が目をひく。画像は左から、函の裏表紙側平と函の背(データ加工)、函の表紙側平、布装丁の本体の背と平で、映画「メトロポリス」を思わせるデザインは表1と表2の両面にあしらわれている。見返しには海外の映画広告をコラージュした図版が使われている。

■今週月曜日に考えていた更新もならず、結局新着品のご紹介を丸一週間お休みさせていただくことと相成りました。ご心配をおかけしました風邪も、お陰さまでこじらせることなくやり過ごし、今週からはまたいつも通り週一度の新着品案内となります。今週の1点目は昭和6年・東洋経済新報出版部発行の『キネマ企業』(初版)。当初は『時事新報』に連載した記事をもとにまとめられた書籍は、あくまで産業の側面から、欧米諸国の映画企業の実態と将来性についてまとめたもので、戦前映画関係書でこの方面を専門とする類書は考えてみると案外少ないように思います。著者の有賀長毅は慶応大学卒業後“七八年間を、親の脛かぢりで、自由に欧米に遊学”、当時欧米でも新興事業として注目されていた映画事業について、“殊に企業としての方面からいろいろと観察もし研究するように心掛けていた”といいます。自序冒頭で“生来さしたる特能のない自分の如きでも、親心の有難さに、何とか人間らしい人間にしてやりたいと心を砕いてもらつているのを見るにつけ、自分としては何とも申訳ない様な気がしている。この小著の生まれ出たのも、矢張りそんなところから来ているのである”と述べています。映画の製作費、映画の収益、各国の保護政策、上映権の行使、スターシステム、常設館の組織、映画投資に着目、電気業者の進出…等々の言葉が並ぶ目次から見ても、ずいぶんと長い遊学の総まとめとして、自分の親に提出する卒論といった心積もりもあったのかも知れません。

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立野信之著『流れ』初版。画像上、表紙見開きは柳瀬正夢の装丁。下段左は著者から村山知義へ贈られた際の献呈署名、下段右は村山知義による鉛筆書きのメモ。

自序では多分に謙遜を含んだものか、書籍の内容は客観的・具体的データを多数収集・駆使し、「経費の割合」から「特許権暴利者への反感 テレヴィジョンの将来如何」といった尖端事情にまで踏み込むなど充実を見せています。このような遊学が可能だった有賀長毅とは一体何者か、ということになるわけですが、困った時のケンサク頼り-そのものズハリではたったひとつ、出てきたのは慶応義塾大学のサイトでした。慶応義塾大学『昭和15年4月入学者の栞』に掲載されている「有賀長毅君記念奨学金」というのがそれ。書影として公開されている同資料によれば、「有賀長文氏より昭和8年11月24日令息故長毅君一周忌日に際し大学予科学生中有為の青年にして資力乏しい者のために給付奨学金として金1万円の寄付」があったとのこと。つまり、『キネマ企業』の発行から凡そ2年半ほど後に著者・有賀長毅は亡くなっていたことになります。長毅の父・有賀長文は戦前の三井財閥の重役を歴何し、政財界に深い関わりをもった人物(因みに、当時の1万円はいまの2,000万円相当か)。そうした家に生まれ、親の恩に報いたいとの強い思いをもちながら、当書発行から死去までの間、これといった痕跡を残していない長毅は、一体どのように生き死んでいったのか - 想像するにも手掛かりがあまりに少ないのが残念に思われます。ところで一度見たら忘れ難いこの本の装丁は漫画家・長崎抜天によるもの。長崎抜天と先々週やはり新着品でご紹介した内田誠とは、戦後NHKラジオの人気番組「とんち教室」で同じ生徒役を務めています。新着品に戻ると、映画関係ではこの他戦前の研究書約20冊も入荷いたしました。
昭和11年・ナウカ社から発行された『流れ』(初版)は著者・立野信之から村山知義に贈られた献呈署名入り、本文対向ページには村山知義による“六月 新協劇団上演”などとした直筆メモも4行、そして装丁は柳瀬正夢 - という1冊を狙って落札した戦前日本プロレタリア系文学書7冊も新入荷です。

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図案の面白さの点では出色の戦前の輸出製品用商標から。「福助」は実はフランスの会社が使用していた商標で、福助と珊瑚の組み合わせは日本と中国との混同が招いたものか。いずれも輸出先相手国を念頭にデザインされたものと思われる。金色をはじめとする色彩の鮮やかさ、高度な印刷なども共通点。

■今週のトリは紙モノ、戦前の輸出製品用の商標約20点から選びました。多くは生糸の商標と見られます。図版中、最も日本らしい「福助」が実はフランス企業の商標で、色彩から図像まで中国的な「唐子」は日本製品用、ラクダとピラミッドと月という中近東のシンボルを集めてみましたというラベルは日本の「NITTOBOSAN (=「日東貿産」か)」社のもので、「バラに蝶」はアレクサンドリアとカイロにあった会社が扱う日本製品用の商標。生産国側のイメージではなく、どうやら輸出する相手先の側に合わせてデザインしたために、非常に濃い国籍不肖感とキッチュさを漂わせる結果になったようですが、それにしても、同じように輸出国向けにデザインされユニークな図版の多い商標マッチのラベルと比べても「何だかヘン…」なものが多いのは何故か謎。他にも、何しろ色使いが派手、何だかやけに手の込んだ印刷技法が用いられている、といった点はどれも共通しているのですが。画像にはとりませんでしたが、「花車を牽く鹿」や「ライオン2頭を手なずける少女」だとか「夕陽を背にポーズをとる単に太ったアジアのおばさん」だとか、脱力系図版好みの方は是非店頭でご覧下さい。紙モノでは他に食品・飲料関係のラベルも一括で入荷、こちらは値付けまでいま少しお時間をいただきます。
先週土曜日以降、店にはすでにフランス20世紀初頭の銅板+手彩色によるファツション・プレート約20点雑誌『FORTUNE』が1944年発行分を中心に約50冊1960年第南米中心に観光地図やパンフレット類が高さ30cm超の1本分、旧植民地のガイド本1936年版『ハルビン』 … などが値付けを終えて並んでいます。あ。でも国内ギャラリー発行・現代美術関係図録1本口と、一番手間のかかる食品ラベル関係の値付けはまだこれから。やっぱり風邪なんぞひいてる場合じゃあございません。はたらきます。

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