■台風前日とは云え、すでに雨風にたたられていた10月4日(日)から始まった今週の市場は計5ケ所。お陰さまで、多少は面白いと思えるものも、ぽつぽつと買えましたが、寄る年波と市場での緊張とには勝てず、本日はもうへとへと。
恐縮ながら、新着品のご案内は週明けの13日(月)とさせていただきます。
■というわけで週明けの、日付変わって火曜日にずれこみ、さらにまた、列島縦断中の台風の進路を横目に見ながらの、新着品のご案内です。
視覚化された詩と岡田龍夫らによるリノカット版画によって構成された詩集というと、まるで9月26日付の当頁で紹介した『蒼ざめた童貞狂』のようですが、その『童貞狂』に先立ち、大正14(1925)年に発行されたアヴァンギャルド詩集『死刑宣告』が本日の1点目。
但し、入荷したのは大正15(1926)年2月、初版発行から4ケ月弱で発行された再版分で、初版とは函のデザインが異なる - 初版は白地に赤一色のリノカット図版 - ほか、再版では「扉」にも再版が明記され、また、著者・萩原恭次郎による「第二版の序」4Pが追加されているところに初版との違いが見られます。
『童貞狂』同様、活版印刷の組版技術をフルに活用、天地もなく左右もなく縦横無尽に飛び跳ねるタイポグラフィは、詩の作者でもある萩原恭次郎によるもの。
リノカット版画のオリジナル(新素材・リノリュームを彫りと刷りの版面に利用した版画)による挿画は、岡田龍夫の15点を筆頭に、榎本喜芳、矢橋公麿、高見沢路直などの作品で32点を数えます。さらに、アート紙別丁で綴じ込まれた写真版は村山知義、牧壽雄、柳瀬正夢、大浦周蔵などによるもの。すでにお分かりの通り、大正期日本の新興芸術運動の発火点であり、日本のダダを牽引した「マヴォ」に関わった人たちがこの1冊に集結した格好です。
書物が総体としてアート作品になっている ―― それだけに、マヴォにしても『死刑宣告』についても、すでに多くの研究と論文がありますが、とくに海外のコレクターに注目されるようになったここ数年、価格が漸次上昇。小店ではそれ以前、まだ いまのように落札価格もそう高くはなかった当時、初版の函なしを1度だけ扱って以来の入荷となりました。
『童貞狂』は完璧な状態でしたが、当該品については背欠、「二版の序」と「序」に赤鉛筆による線引きが薄く残るという瑕疵があるのが残念なところですが、そうであるからこそ入手できたと云えなくもない点が、現在の小店の小ささではあります。いずれにしても、小店レベルの店で、マヴォゆかりの詩集『死刑宣告』『蒼ざめた童貞狂』が今回のように立て続けに入荷するのはごくごく稀なこと。ちょっとうれしい。
■マヴォと云えば村山知義。その村山が創刊号から数冊、デザインを手掛けている月刊誌『ソヴエートの友』。月刊誌とは云うものの、「ソヴエートの友の會」という組織の機関誌として発行されていたためか、或いはその後の左翼思想の弾圧により廃棄されたものが多かったせいか、いずれにしても市場でも見かける機会のごく少ない雑誌です。
「ソヴエートの友の會」は、長谷川如是閑や秋田雨雀、山田耕筰、中条百合子などによって設立された組織であり、その機関誌『ソヴエートの友』は、当時ソ連が国家的事業として推進していたの5ケ年計画など、ソビエトの国家建設の状況を紹介することを目的に発行されたものです。
5ケ月計画当時のソ連のプロパガンダとしては、後に東方社が帝国陸軍の後押しでプロパガンダ誌『FRONT』を発行する際に下敷きにされたと云われる『USSR』誌が夙に知られているわけですが、『ソヴエートの友』はまさに“日本版USSR”とも云うべきもので、「ソヴエートの友の會」がソ連の国際的機関と直接結びついていたお陰か、『USSR』を彩る構成主義的写真とフォトモンタージュ、そして風刺漫画などの図版がふんだんに引用された結果、各号16ページという薄冊ではありますが、迫力のある表現が多々盛り込まれたカッコいい雑誌になりました。
フォトモンタージュの中には、ソ連の素材と日本のそれとを組み合わせたようなものもあり、また、版型が異なることもあってか、まるっきりのコピーというのではなく、日本で加工が加えられたものも多いように見うけられます。
今回入荷したのは昭和6(1931)年から昭和7(1932)年に発行された内、創刊号を含む5冊と『友の附録 第一号』(1932年1月号附録)』の計6点。戦前日ロの関係を伺わせる資料であり、また、ロシア構成主義の日本への影響という点でも見落とせない雑誌ではないかと思います。
■『ソヴエートの友』と旧蔵者を同じくする冊子として、『プロレタリア美術 No.2 第4回プロ展特輯』1冊と『TESパンフレット』の1号・2号の2冊も入荷していますが、こちらまで説明していくとこれはもう終わりが見えなくなりますので、次回のご紹介とさせていただきます。悪しからずお赦し下さいますようにお願い申し上げます。
店には他に、戦前婦人雑誌の附録2本口、ファッション系大判洋書2本口、戦後美容関係書籍・資料類の一括、昭和5(1930)年に岩波書店から出版された石井桃子訳『クマのプーさん』初版本が入荷。そして一通り目を通したらこのページでご紹介する予定の矢内原伊作宛て加藤周一自筆書簡・ハガキ11通などがとりあえず手に落ちております。
■早くも10月に突入。日曜日から月曜日にかけては台風が首都圏に接近するとの予報もあり、自然災害が猛威をふるう今年、警戒しておくに越したことはなさそうです。どうかくれぐれもご注意下さい。
さて、来週ですが、木曜日に大量出品の情報もあり、10月9日(木)は開店時間が遅れて15時頃からとなる可能性があります。10月7日(火)及び11日(土)は12時より営業いたします。ご不便をおかけいたしますが、こちらも併せてご注意いただければ幸甚に存じます。何卒ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。
■今週は、先週に比べるとずぅーーーっと地味な2点プラス1冊。
『社会教育パンフレット第5輯 社会教育ポスター集』は文部省普通学務局編、大正15(1926)年に財団法人社会教育協会が発行したB6サイズの小冊子です。財団法人社会教育協会は大正14(1925)年に設立され、現在は公益財団法人社会教育協会として活動を続けている“わが国最古の社会教育運動推進機関”であり、“社会教育並びに生涯学習の振興・普及”を目的とする組織。『社会教育パンフレット』はその機関誌として大正15年1月に創刊、以後、「アンデルセンと其の作品」から「マルキシズムの修正」まで、幅広い分野のテーマを取り上げながら、少なくとも昭和15(1940)年までに400号近くを数え、発行が続けられたようです。
第5輯にあたる『社会教育ポスター集』は、“本省(=文部省)の調査に基づき、東京高等工芸学校に於て製作せるものの中、64種を選び”収めたもの。オフセットおよび特色印刷によるカラー片面刷り16図・16Pのポスター図案を巻頭に置き、各種統計資料を図案化した作品が続きます。画像は「生活に予算をたてよ」などカラー刷りポスター図案からとったものですが、この他、「健全なる娯楽を求めよ」「図書館は公衆の学校」「身を鍛えよ」といった標語のポスターが採用され、また、統計図案には「大正13年度帝国図書館館内閲覧人職業別」「犯罪の原因調」「俸給生活者及職工一年間支出内訳百分比」「酒類消費量及買学累年比較表」など、地味なモノクロページとあなどるなかれ、これ1冊で当時の社会の中でどんなところに問題意識が置かれていたのかが見えてくる、なかなか面白い資料集となっています。
■「社会教育パンフ」と比べてもさらに小さなB6サイズ、表紙含め16Pという文字通りの小冊子ですがこちら、『ソヴェート演劇展覧会 目録』。朝日新聞社が主催して行われた展覧会の展示品を目録にしたものですが、巻末の記載によればその展示品というのが「数年間ソヴェートにあつて演劇を研究最近帰朝された野崎氏の将来されたもの」。野崎氏というのは1928(昭和3)年5月から1932(昭和7)年10月までソビエトに留学、“夥しいアヴァンギャルド演劇をリアルタイムで実見した碩学”(沼辺信一氏ブログ「私たちは20世紀に生まれた」2011年3月9日)野崎韶夫のこと。先の出品物の説明に続けて、各劇場上演目録の分析、入場料の一覧、興業日数と組織的観客増大のダイアグラム等の図解などまで、展覧会の企画当初には計画されていながら、「健康が許さぬため」割愛せざるを得なかったことを野崎が自身の文章の中で述べており、留学によって野崎が得た知識と見聞の、なみなみならぬ豊さを伺わせます。展覧会の開催年度についての記載はありませんが、野崎の帰朝年月と、当目録で判明している開催日から考えて、昭和8(1933)年のことではないかと推察します。
当目録に記載されている出品物はメイエルホリド劇場がマヤコフスキー「南京虫」舞台面・律動体操授業のスナップ他8題48点、カーメルヌイ劇場が「三文オペラ」舞台面他26点、その他ソ連大劇場からジプシイの劇場まで、正統派にも前衛派にも目配りをした劇場別ラインナップで300点超。さらに「劇場ポスター」として46演目分、「劇場建築」が11点 - これには川喜多煉七郎とヴェスニン三兄弟との「ウクライナ大衆劇場」の計画案、MOSPS劇場のブルーノ・タウトとメリニコフの案が! - が加えられていて、瞠目すべき内容をもつ展覧会であったことが分かります。分かりますよね?分かるはず?… なのにしかし、この展覧会、文献資料やデータに詳しい紹介がほとんど見当たらないのは何故なんだろう。
全頁グレーにスミ一色の印刷ですが、アヴァンギャルド&モダニズム調のデザインは気が利いています。
■今週〆の1点は藤田嗣治の銅版画オリジナル1点が添付された限定本、クレール・ゴルとイヴァン・ゴルの共著詩集『POEMES DE JALOUSIE』、邦訳タイトル『嫉妬の歌』。1925年、2ヴァージョン限定333部の内、古風すき込み紙に刷られた300部本の16番。フジタの署名は刷面に、クレールとイヴァン両者の署名と識語が本の扉に入っています。
それにしても、こうした王道ものの本は、あまり説明する必要がなくてラク。こういうのばっかりだといいなあと思いながら、また来週もワケ分からないものを買ってしまいそうな気がします。あ~あ。
■今週はこの他、戦前から1960年代頃までの自動車関係洋雑誌の嵩だけはあるヤマがすでに店に積まれている他、来週木曜日には…さて何が入ってくるんだろうか、市場が続く10月2週目になりそうです。
■24日(水)・25日(木)の2日間にわたって開催された一新会大市が終わりました。25日は夕方から店を開ける予定でしたが、最終開札まで残っていなければならなくなり、会館を出たのが既に18時過ぎ。出品されている品物を見てまわりながら入札し続ける2日間にさすがに疲れ果てて25日は結局、店を開けられませんでした。お知らせもしないままの臨時休業は、店として本来最もやってはいけないこと。このようなことのないように重々心掛けますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。
尚、営業日程等、急遽変更が生じる場合には、今後、Facebookの日月堂のタイムラインに情報をアップするようにしてまいります。当HPと併せてご利用いただければ幸いに存じます。
■来年1月に松屋銀座で開催予定の「銀座 古書の市」に例年通り小店も参加させていただくのですが、その目録の締切が11月の初旬。げ。また締切が早まっちゃった。回を重ねる毎に締切が早まるのにアタマを抱えつつ、そろそろ目録用商品の選抜にあたります。目録に掲載した商品については、目録発行後のご注文、会期開始後のご購入まで、動かすことができなくなります。店頭品のなかで気になるものがあるようでしたら、お早目にお声をおかけ下さい。
一新会大市は目録掲載用商品を仕入れる絶好のチャンスでもあったわけですが、実際に、目録の写真版に使える小店らしい商品となると、そう沢山あるわけでもなく、しかも落札できるとも限らず、悩み多き2日間となりました。ともあれその釣果から、今週の新着品です。
■以前にも一度、別のプレートが入荷したことがあるフランスのデザイナーE.A.Seguy。20世紀初頭、アール・ヌーヴォー様式とアール・デコ様式のふたつの時代をまたにかけ活躍、影響力をもったテキスタイル・デザイナーとして、いまもフランスで高く評価されるSeguyによるテキスタイルデザインのポショワール・プレート9点を落札しました。
この手のポショワールのプレート集は、これまで色々扱ってきましたが、考えて見ると1枚1枚にデザイナーの名前が印刷されている例は珍しいことに今回初めて気付きました。発行当時のSeguyの名声がいかほどだったか、うかがわせるものがあります。
Seguyは1930年代までの間に、いずれも華やかな色彩と繊細な手仕事によるポショワールのデザイン・プレート集を11集ほど出版しているようですが、今回入荷した9点はいずれも『BOUQUETS et FRONDAISONS』(全20葉)から、出版は1925年のことだったようです。タイトル通り花や植物の葉をモチーフとしたかなり派手なデザインとなっています。
画像中、下段がSeguyのそれですが、上段の4点は一緒に出品されていた、従って同時に入荷が叶ったアール・デコ様式のデザイン原画。アルシュ紙に鉛筆で薄く線描、水彩顔料で彩色したものが13点。何かしら下敷きのある“うつし”と思われるものもありますが、オリジナルの可能性もあり、実はこちらの“でき”の良さがとても気になります。見事な意匠と彩色とは、是非現物でご確認下さい。
■うわ。こんな本があったのか!-云うまでもなく、まだまだ知らない本や印刷物が途方もない規模で存在している古書の世界にあって、とりわけ市場は常に発見の場です。今回の市場での発見が『SONIA DELAUNAY 27 tableaux vivants』。1969年、ミラノの版元から3ヴァージョン全650部発行されたうち、最も限定数の多い500部の内の195番。20世紀初頭、夫であるロベール・ドロネーとともに抽象絵画に取り組んだソニア・ドローネーが1920年代に発表したコスチューム・デザインをまとめた書籍で、ポショワールのスタイル画27図を収めています。やけに重たいのは何故だろうと思って見れば、表紙は木材の上に布張り、本文は経本仕立ての片面刷りで紙が厚い上に使用量も倍と、重いのも当然でした。
ドローネーのスタイル画は抽象画の画家らしく、色面構成による超モダンな作品ばかり。さらに、画像中一番左のページのように、身体とコスチュームを一体として抽象画に置き替えたような作品が出てくるのは、この人の作品集ならでは。早くから前衛芸術の擁護者だったギョーム・アポリネールのテキストからの抜粋と、ブレーズ・サンドラールの詩とをポショワールのスタイル画の間に置いた全39ページは、ダニエル・ジャコメの工房が印刷を担当、実体としての書籍の魅力に事欠かない1冊となっています。
■何度入札しても負け続け、何度負けようが入札し続け、フラフラのパンチ・ドランカーのような様相を呈しつつも、昨日ようやく、やっと、一勝を上げることができました。齋藤秀雄の詩と岡田龍夫のリノカット版画が装丁から本文に至るまで寸分なく一体となり、日本のダダを代表する作品のひとつとなっている『蒼ざめた童貞狂』(大正15年=1926年発行)。
齋藤の詩はダダを意識するあまり(か?)テキストだけを取り出してみると詩として成立しているかどうかさえ怪しい内容ですが、罫線や記号を取り入れ、活字の向きや大きさを自在に変え、或いは混在させる方法によって、視覚的な効果を上げているのは確か。そして、大正期前衛芸術運動の牙城・芸術家集団「マヴォ」の同人だった岡田龍夫によるリノカット版画は、すでに高い評価を得て、大変熱心なコレクターが海外にも存在するほどです。
昭和に入り時代が戦争に傾いていく中で、時代の波に呑まれて再び浮上することのなかった戦前のアヴァンギャルド。あの時代の光と影とを深く刻み込んだこの詩集は、他に類を見ない存在感を放っています。
木曜日、店を開けられなかったのは、最終台で改札を待つこの1冊のためでした。
明日からはまた、静かに、本と紙とステッキたちと店で向き合いたいと思います。あ。目録もやらなくちゃ。これがなかなかどーして憂鬱なんであります。