■「東京市赤坂区氷川町23 アトリエ・堀野」- 4×2.5cmのコマ写真18枚を貼り込むことができる台紙に、品の良いグレーで印刷されていた文言です。田中千代旧蔵服飾関係資料が出品された市場で、同じ田千代旧蔵品でありながら、出演したテレビ番組の台本や、誰が書いたのか・お終いまで揃っているのかどうかも定かではない原稿や、つまり、最後にもてあましたものを突っ込んだようにしか見えないダンボール箱が1箱。中に「アトリエ・堀野」とある写真の貼り込まれた台紙が何枚か紛れているのを見つけたその箱は、市場の目立たないところに置かれていました。多くの同業者がスルーしていく様子を横目に、これほど落札を熱望した品物というのは本当に久しぶりのことでした。
戦前日本の新興写真を牽引した写真家のひとり、堀野正雄。いまとなっては日本国内でも知る人の少ない写真家です。主な活躍の場を戦前の雑誌グラビアページや板垣鷹穂との共著などに置き、戦後は写真家としての活動を休止した堀野についての情報は限られていて、簡単には詳しい経歴が分かりません。『日本の写真家 堀野正雄』(1997年 岩波書店)の略年譜に、1934(昭和9)年に上落合から赤坂区氷川町へ「アトリエ堀野」移転とあり、これによってようやく「アトリエ・堀野」=「堀野正雄」が確実なものとなりました。
ダンボール箱から出てきた写真のうち、堀野正雄撮影・プリントと断定できるのは、「アトリエ・堀野」と印刷された7枚の台紙に貼り込まれた全部で112点のコマ写真と、16×10.5 cmに引き伸ばした写真3点です。
引き伸ばした写真には、すでに目に馴染んできた田中千代の筆跡で「婦人公論7月号原稿 皐会第二回展出品」と書き込まれています。皐会は1936(昭和11)年に第一回が開かれた服飾作品発表会で、第2回の開催は翌1937(昭和12)年。3点の内2点は、氷川町「アトリエ・堀野」の台紙に同一のカットが認められます。
写り込んだ背景などから明らかに「皐会」の作品を撮影したと思われるのは台紙2枚・29コマ分で、こちらの台紙には「A-A」「B-B」とあります。
残りの台紙5枚は洋服、モデル、背景などから同じ時に撮影されたもので、この内1枚に田中とは明らかに異なる手-ほぼ間違いなく堀野の筆跡!-で「鐘紡-田中千代 1937 Spring Fashionshow at Toho Little Theare 東宝Dancing Team」とあり、1937年、田中千代と鐘紡のコラボレーションにより開催されたファッションショーを堀野正雄が撮影したものと見られます。 台紙5枚に83点を数える写真中、着替えやメークなど臨場感溢れる楽屋裏の写真にはとくに、堀野らしい視線が感じられます。
現在もまだ確認作業が続いている田中千代の旧蔵資料からは、細江英公や桂ユミからの手紙、シャネルやエルメスのパリコレ・インヴィテーションカード、日本初のディオールのファッションショー詳細資料などが出てきており、田中千代という人の記録魔ぶりには何度感嘆させられたことか知れません。一方、堀野正雄はこの後大陸に赴き、アトリエ堀野は堀野不在の中で東京大空襲に襲われます。アトリエ堀野には、写真が残されていたとしてもそう多くはなかったはずです。
今回入荷したこれらの写真は、偏に、田中千代という人が介在することでようやく現在に伝えることのできる戦前日本の貴重なファッション資料であり、さらにまた、今日の私たちに残された写真家・堀野正雄の貴重な作品と云えるものです。
■厚さ6cm。この横幅の二分の一の厚さをもつこの洋書は、世界で初めて1冊の本の中に各線・各列車の時刻を網羅した時刻表-今日の時刻表と基本的に変わらないそうです-を刊行した『ブラッドショー』のまさしく時刻表。発刊は1839年のイギリスで、当初単行本だったものが、1849年には月刊ベースの定期刊行物になったと云うのですからビックリ。
今回入荷したのは1899年10月発行の629号と1900年6月発行の637号と、いまから約115年前に発行されたもの。
表紙に記されたタイトルは『Bradshow’s Continental Railway Guide and General Handbook Illustrated with Local and Other Maps Special Edition』。
タイトルが示す通り、ヨーロッパ中を網羅し細かく落としこんだ鉄道ダイアと地図、テキストによる国別案内、各国ホテル広告(図版入含む)などから成ります。
それにしても115年前にこんな時刻表が必要だッたとは…新橋・横浜間での日本初の鉄道開通は明治5年(1872年)。『ブラッドショー』という時刻表の誕生からでさえ遅れること33年のことでありました。
その後の歴史を見る時、「よくやッた!日本すごい!!」と云い切ってしまえるのか、「だがしかし・・・」と考えるのか。最近の日本人はどうもこのあたりで二つに分かれるような気がします。
■今週読んだなかから。
「日本の歴史家を支持する声明」その続き。賛同者が大幅に増えてました。
http://www.huffingtonpost.jp/2015/05/19/historican-open-letter_n_7338430.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001
党首討論での亡国もとい某国首相の「ポツダム宣言」発言がらみ。これはともて面白かったので。
http://blogos.com/article/112613/
ポツダム宣言の内容について論評できず、なるほどだから平気で「A級戦犯」エピゴーネンとして戦後レジームからの脱却をとなえる人がいて、それが代表を務める政府を国民の二人に一人が支持している2015年5月下旬のニッポン国であります。彼の考える戦後レジームというのは一体何のことなんだろう。そして、誰も責任をもたないオリンピックスタジアムは屋根なしで!
■小店店主、今週はかなりへこたれておりまして、かねてより懸案の田中千代旧蔵スクラップブック(大量…)の整理には着手できていないし、6月6日からジェオグラフィカさんでスタートするフェア『ジュブナイル アンティークス』に向けて商品はぼちぼち揃ってきているというのに、こちらも準備に着手するに至らず、積りに積った作業とその期限を考えると、明日からの作業がかなり思いやられます。しかも。来週5月19日(火)は洋書会大市の当日で、ほぼ一日がつぶれる目算。作業の手は追いつくのだろーか。あわあわ。
それはさておき。先にちょっと書いた洋書会大市のため、来週火曜日5月19日は、市場から戻り次第営業する予定です。時間的には17時から18時頃までには…と思うのですが、成り行き次第。この日にご来店のお客様は、03-3400-0327までお電話で在席をご確認の上お出掛けいただければ幸甚に存じます。
21日(木)と23日(土)はいつも通り12時から20時で営業いたします。
ご面倒をおかけいたしますが、何卒よろしくお願い申し上げます。
■こちら、見覚えのある方もいらっしゃるかも知れません。2008年11月14日付の小店HPで一度ご紹介したことのある『舞台建築』が再入荷しました。前回ご紹介したのが次のアドレス。http://www.nichigetu-do.com/navi/info/detail.php?id=217
ざっと見たところ、大きな修正の必要はなさそうなので、詳しくはこちらをご参照いただければと思います。
2008年当時、ベドリッヒ・ファイアースタイン こと ベドジフ・フォイエルシュタインについてはほとんど手掛りがなかったのですが、その後、フォイエルシュタインが手掛けたカレル・チャペック作「R.U.R.」(=「ロボット」)初演時の舞台装置に関連した展示が演劇博物館で行われたことなどもあってか、今回調べてみると、何と、日本語のwikiが出てきました。ここで彼の経歴についてはたちまちにして概観することができます。
再入荷した当品には、前回にはなかったファイアースタイン (または フォイエルシュタイン もしくは ファーレンスタイン!) の署名と、「Tokyo, 1.Ⅲ. 1927.」の日付および進呈した相手の名前がファイアースタインの自筆で記されています。 wikiにあるように、日本からチェコに帰国したファイアースタインは、1936年、不遇のなかにあって44歳で自死。決して長くはない生涯の一時期を日本で過ごした彼の、生きた、痕跡です。そして、発行日=昭和2(1927)年2月25日からごく近いうちに贈られた相手はさて、舞台人なのか建築関係者なのか、一体誰だったのか - Hattori と読めるようには思うのですが - という興味深い謎をも秘めた1冊です。
■古書の同業者市場でここのところ急騰著しいのが写真資料。もはや私など手が出る価格ではなくなりました。それだけに、何だか隙を突くような格好で落手叶った品物でも、これは面白いと思ったものは大切に扱っていきたいと思います。
雑多なものが詰め込まれたダンボール箱の中から拾い出したこれらの写真もそんなもののひとつ。「祝参十週年」の大看板を掲げた門をよぉーく見ると「山形電氣株式会社」とあります。この会社の30周年を記念して行われた社屋のライトアップとイベントを中心に、地元の街の風景などを写した写真24点です。
「山形県 電気事業 戦前」といったキーワードでケンサクしてみても、「山形電氣株式会社」の名前が出てきません。まずいぞ、これは行き詰るか。と思いながら、「山形電気 三十年」で再びケンサクしてみたら出てきたのが「電力絵葉書博物館」というサイトでした。このサイト、素晴らしい! 無断引用は本当に申し訳ないのですが、山形電気の成り立ちについては同サイトでご確認いただくのが間違いないので、アドレスを下記に。
http://epower-plant.at.webry.info/201310/article_2.html
この情報に基づき、「参十週年」が何時かと割り出すと、明治36(1906)年開業から30年目にあたる昭和11(1936)年。万国旗翻る大テントの下、社員ばかりか地元市民老若男女を招いて椀飯振舞、飲んで食べて舞台上の演目を楽しむ大宴会の様子や、電氣会社に相応しくライトアップされた社屋の夜景などは、日中戦争突入前、地方都市のそこそこ豊かで、モノも人の気持ちにも余裕があったのであろう時代の空気といったものを、そして、電気事業というものが、「地元」の社会といかに密接に結びついているかということ - 今も昔も変わらない事実!?- を、写しとっています。
■今週はこの他、左斜め上の画像のような児童向けのドイツ漫画のペラもの13点、石版刷りに金彩を施した1894年のキリスト教の暦12点、フランス製の古いグリーティングカード各種約80枚などが明日、店に入ります。
■今週の備忘録。「平和」という言葉をめぐる政治的意図による転位と言葉狩りについて
http://lite-ra.com/2015/05/post-1099.html
再び「日本の歴史家を支持する声明」について。その背景と狙い
http://synodos.jp/international/13990/2
理性的であるからこそ言葉は静かになり、誠実であるからこそ言葉の連なりは長くなる。「分かりやすく丁寧な説明を心掛ける」と云いながら、短い言葉で軽々と約束を連発する政治家の言葉に一体どれ程の理性と誠意が含まれているのだろうかと、テレヴィジョンのニュースを横目に見ながら思ったことです。
■矢のような勢いでゴールデン・ウィークも過ぎてゆきました。しっかり楽しんだり、ゆっくり休んだり。思うような休暇をお過ごしでしたでしょうか。
さて、日月堂は本日5月9日(土) の12時より営業を再開いたします。休日後とあって、古本屋どころじゃないよと仰る方も多いかと存じますが、根津美術館の「燕子花と紅白梅」鑑賞がてらにでも、お立ち寄りいただければ幸いです。根津さん、お庭ではカキツバタも満開を迎えて見事です。五月、時こそ今は…!
■積み残した仕事とカオスと化していた自宅自室の片付けとで、しまいにはヘロヘロだったGW、明けてすぐの15日(金)は神田から五反田へと市場のはしごが待っていて、なかなかにタフな仕事復帰となりました。ただいまちょっとヨレヨレの深夜3時半すぎ。
そんなことより、大切なのは新着品のご案内であります。というわけで。
1点目はインド更紗の捺染に使用されていた木版の版木。入荷する計14個は、小さいものでも1辺が10cm前後と大ぶりなのが特徴。かなり堅牢な木材に緻密な図案を深く彫りつけており、また - 現段階では市場から持ち帰った2点については、ということになりますが - 裏側の持ち手の部分も木材から彫り出した一体成型。固い木材、反復する緻密なデザイン、さらに持ち手の形成まで、見れば見るほど製作作業の大変さが想像され、版木の前で思わず頭を垂れるのでした。
厚くて重くて黒光りする無骨な木の塊には、威風堂々たる存在感があり、オブジェとして見てもなかなかのものだと思うのは私だけなのかどうかは是非店頭でご確認下さい。
■2点目。久しぶりに市場に「いせ辰」さんの千代紙が出てきました。入札することを決めて枚数を数えてみたところ70枚超。これだけ出てくるのは最近ではとくに稀なことです。同じいせ辰の千代紙でも、古いものと比較的新しいものとが混じっているようで、ある程度時間をかけて蒐集家があつめていたものではないかと思われます。
いうまでもなく、70余点いずれも木版多色刷り。1色刷から、多いものでは10色近くの色を重ねており、これまた緻密で繊細な仕事を前に頭を垂れるわけですが、何と云っても図案構成と色彩感覚に目を奪われます。ここでご紹介した図版は、偏に小店店主の好みのせいで、地味なものが多くなりましたが、実際には華やかでかわいいものが圧倒的多数。
画像下段の4点、つまりは小店店主好みだというその地味な方ですが、「大名千代紙」というシリーズ名で作成された いせ辰さんならではのオリジナル。 商品に添えられた解説によると、江戸後期に活躍した浮世絵師・渓斎英泉が、武人が身につけた武具=都久利加波の意匠から気になったものをスケッチ。それを集成し木版手摺りの私家版にした『革究図考(かくぜんづこう)』に基づき、新たに千代紙として復元したものだと云います。都久利加波というのは、なめし皮に菖蒲=勝負の葉の煮汁などで運長久を願う図案を染めたもののことだそうで、その図案を継承した「武士の千代紙」であるこから、大名千代紙と名付けたのだとか。なかにはまるでオランダ更紗のような柄・色使いのものなどもあり、大名千代紙、飛びぬけてモダンです。
繰り返しになりますが、がしかし、ほとんどのものが かわいい系である新着品70余点。こちらもまた、是非店頭で!
■更紗用の木版版木、いせ辰さんの千代紙の他、1840年の宗教暦の本や洋書絵本が少々、明日には店に入ります。
■それにしても。一国の代表者であり立法府の長たる人が、国を代表して国費でもって海外へ出掛け、出掛けた先のこれまた立法府でもってスピーチした内容について、言論の自由の範疇だとして許されるというのはどこからどう考えてもおかしい。政治家が公人として発言することは、しかも、一国の代表者として迎えられた政治家の発言が、公的なもの以外の何ものでもないだろうし、国と国との約束ととらえられたとしても何の不思議もないだろうに。そんなふうに考える人がそういないように見えることもおかしい。そう述べるメディアがないのもおかしい。がしかし、とすると、そう考える私の方がおかしいのだろうか。不安を覚える昨日今日であります。
今週の乾坤一擲。
http://www.asahi.com/articles/ASH575KGGH57UHBI01Y.html
http://fightforjustice.info/?page_id=608
TBS報道特集でのジョン・ダワー氏のインタビューが次々削除されて行ったのは残念。結果、このインタビューを問題視する あいこくしゃ方面の方々のコメントだけが拡散している模様。げ。