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15/09/12 PC2台が同時多発故障!? 今週は超駆け足で分かりやすい2点、と思ったら画像1点消しちャうし。

■うわあ。とうとう来ちゃったつーことか。店用と自宅作業用のPC、1台は起動すると起こっていた「ブーン」という異音が、ここ数日で「カタカタ」という音に変化(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
他のブラウザでは問題がないのに、ファイアーフォックスを立ち上げると途端に妙な動きを見せる もう1台 …… ヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィ(゚Д゚ノ)ノ
今日のところはできるだけ短時間でパタパタ業を片付ける必要に迫られております。従って超駆け足で。
 

最初は1925(大正14)年にパリで日本人を対象に創刊された『巴里週報』の4周年記念号。ということは1929(昭和4)年発行分のうちの1点です。
いまでも元旦の新聞などで見られるような名刺広告だけで構成したものですが、パリ滞在中の日本人の名前と居住地が分かるのが面白いところ。
有名どころを抽出すれば、藤田嗣治、伊原宇三郎、長谷川潔、小磯良平、有島生馬、林倭衛、硲伊之助、福島繁太郎、蕗谷虹児、高野三三男……などなど、何でもない顔して並んでいる名前が何ともすごいことになってます。大戦間期、華やかなりしパリで同時代の空気を呼吸したはずの日本人群像を垣間見せるペラ1枚です。


こちらは資料というより趣味の領域と云えるでしょう。昭和37年頃のパン屋さんの袋とお菓子の袋のスクラップ帖。スクラップ帖と云うには秩序だってい過ぎるのは………と書き始めたところで。れれれ? あれれれれ? 作ったはずの画像がない!?
う。PCばかりか私もやらかしました。どうやら画像を上書きしてしまったらしい。
と云うワケで、こちらは後日改めて。しかしあの作業時間が無駄になるとは。あ゛あ゛あ゛~っ
 

消費税増税分は社会保障に使うと云っていたんじゃありませんでしたっけ。政権の一角を担う党は低減税率の導入という旗印を掲げて選挙を戦っていたように思うのだけれど飲料食料の還付で年4,000円まで - 月300円!?-だと云うし。その、与党の一角を占める某党は、同党を支えてきた宗教団体の署名を受けとろうともしないし。そうした彼らはもうすでに、国民の理解など蚊帳の外に置いて、安保法案をどうしても成立させたいらしい。
アメリカにしても、ドイツにしても、云いたいことがたくさんある或いは皆無だとは云わないけれど、しかし彼らの健全さは、彼らの言論と彼らの言論に対して開かれたメディアによって充分伝わってきます。例えば次のように。
日本の歴史修正主義に対する正論としてhttp://www.huffingtonpost.jp/lawrence-j-lau/enough-apologies-we-need-more-truth_b_8087488.html
ヘイトスピーチに対するメルケル首相のメッセージhttp://midori1kwh.de/2015/09/06/7287#.VewrI7raDws.facebook
後者は同じ第二次大戦敗戦国にしてこの我彼の差! せめて、署名でもと思う方はこちらに→「戦争法案」の審議入りに抗議し、廃案を強く要請します。
 

 

15/09/05 謎のひとくちより 徳川宗敬・幹子夫妻による私家版オリジナル写真集『ヨーロッパの旅の思ひ出』、『USSR』、『JAPAN PHOTO ALMANAC 1939』

■……と云うわけで今週は先週の続き、『ヨーロッパの思ひ出として』と『USSR』2冊等のひとくちのご紹介です。
先ずは徳川宗敬・幹子夫妻の渡航の思い出を私家版の写真集にした『Erinnerungen an unsere Europareise』-「ヨーロッパの旅の思ひ出」と題された布貼上製ポートフォリオ入、写真紙焼オリジナル全30葉による写真集です。写真は欧州滞在中、同伴者として常にカメラを携えていたという徳川さんの撮り下ろし。
写真は20×15cm前後の比較的大きなものを中心に、極端に縦に長いなど変形版を含みます。台紙は薄茶色の比較的薄い紙と厚紙の二段構えで、いずれも上辺一辺のみ糊でとめられています。厚紙にはそれぞれ異なる欧文キャプションが空押しされるという実に贅沢なつくりです。さすがは徳川さん。
添付の小冊子『ヨーロッパの思ひ出として』は、写真毎のタイトルと簡単な解説をまとめたもので、記載されている発行時期は昭和4(1929)年5月。徳川宗敬のドイツ・ベルリン留学は大正15(1926)~昭和3(1928)年であり、帰国後時間を経ての発行となったのは、写真の選定から製作まで、得心のゆくまで手をかけたからではないかと、見る人にそんな印象を与える、とても端整な写真集です。
作風は一見して福原信三の写真との類似を思わせますが、改めて眺めれば、福原の写真よりも男性的で、ユーモアとヒューマニズムの視点が多分に含まれているように思われます。因みに、宗敬は長く緑化運動に尽力、幹子夫人に至っては戦後水戸市郊外に入植、麦わら帽子をかぶって自ら山林の開墾に取り組んだといいますから、写真は写す人の心を写す、のかどうかはさておいて、ここまで手の込んだ刊行物となると、一体どの程度の数作られたのか、いずれにしても一般の目に留まるマーケットに出て来るのは稀であり、小店にとっても一期一会になるに違いない1冊です。

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ソビエト・ロシアのプロパガンダ誌。世界的にその名を馳せる『USSR』も…


この写真集と一緒に市場に出品されていた20点ほどの写真紙焼きのなかに、高松宮と三笠宮とが並んで着席した集合写真1枚があり、また、別の、大型客船のデッキで撮影された集合写真には梨本宮らしき人が写っていることが今週になって分かったりで、実は最大の謎であり、かつまた、先週画像をアップしたマコフスキーの板絵の真贋にも関わる鍵となるのが「この一口の旧蔵者が如何なる人物なのか。つまり、誰が持っていたものなのか」、ということなのですが、今日までのところ特定には至っておりません。かなりの苦戦を強いられています。
ただ、本日画像にアップした1930年代初めのソ連のプロパガンダ雑誌
『USSR in construction』 - いまもってプロパガンダ誌の代名詞であり、日本でもかつて『FRONT』制作にあたり佐野、ではなく原弘、など東方社の面々が参照、さかんにパクったことで知られます - が2冊、そして本日アップしたこの下の画像・日本の同盟通信社発行の『JAPAN PHOTO ALMANAC 1939(昭和14年版)』などが含まれていることから見て、外交関係に関わる華族か皇族、有力な武官クラスの人物であることは間違いなさそう。ああそれなのに。実に巧妙に肝心のそこのところにつながる何かがことごとく抜かれている気がしてなりません。この一口、本当に怪しい。
ちなみに、先週ご紹介した件のマコフスキーの絵画。これを贈ったとされるドブガレフスキーソ連大使の日本着任は1927年4月14日。同年翌5月には、東京朝日新聞社による「新露西亜美術展」が開催され、名誉会長として後藤新平と駐日ソ連大使ドブガレフスキーが名前を連ねているといいます。ドブカレフスキーはの転任は着任からわずか7ヶ月半、1927年11月7日のこと。何となく、ではありますが、何かの拍子で展覧会の作品と一緒に到来した移動派の小品が名誉会長の元に残され、転任に際して手放した、という推測も完全に無理とは云い切れないのではないか…というのは商人の欲目というもの?なんでしょうか。そうですね。はい。

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例えば日本のこんな対外広報写真年鑑も… 威勢がよくて情緒的でしかも格好の良いものは簡単に信用するんじゃあありませんよと歴史は教えてくれています。

というわけで、このひとくち、店頭では明日から少しずつご紹介できればと思っておりますが、どのように切り分けて販売するか等、あと数日、お時間をいただくことになりそうです。なかなか決着がつかず力不足を痛感している古本屋、もっと勉強と調べ物に努めないといけないなと、猿でもできる「反省中」。

■「トーキョー2020」なんて呼称は、この度の騒動で初めて知りました。某デザイナー氏のお陰です。昨日来、フェイスブックのタイムラインに“世界的建築家・安藤忠雄氏による経営者向け講演会「仕事をつくる」”の告知が度々アップされるのを見るにつけ、何だか物悲しいような気分を味わっております。ま、確かにこの方、2020の関係者のみなさんのために、たっぷりと仕事をつくってくれましたけど。
8月末日、あの圧倒的な市民の意思を、たったの3万人と一言で片付けちゃったかと思うと、実際、大新聞は一面で伝えようとしないし、統合幕僚長は去年の12月に勝手にアメリカと約束は交わすわ、こともあろうかソーリが国会さぼって大阪まで出掛けていってお仲間うちの民放ワイドショーに出演するわぁ、いやはや全くもうこの国のアタマの方は完全に壊れてます。ほーかい。時の政府の恣意的な運用が許される憲法なんて、もはや憲法とは呼べようはずもなく、一体そんな国のどこが先進国であり法治国家であり自由な民主主義国家なんでしょ。
今週、唯一救われたのがこちらの「70年宣言文」。ここではアタマが、精神が言葉が、まだまだしっかり生きてます。→ http://site231363-4631-285.strikingly.com/





15/08/29 在庫品に秋山好古発見! 新着品は来週まで少々お待ち下さい。

■ただいま8月29日午前2時半。画像の下拵えは整ったものの、ご紹介文はまだ一文字も書くに至らず、という作業の遅れにより、新着品のご紹介 - 徳川宗敬・幹子夫妻の渡航の思い出を私家版の写真集にした『ヨーロッパの思ひ出として』、『USSR』2冊、移動派の画家マコフスキー筆と云われる絵画1点という謎の一口 - は来週の水曜日か金曜日に改めて
ひとつひとつの品物がつながりそうでいてまだ決定的な何かが見えてこない、そこのところが少しでも埋まってくれるといいのですが、さて、どうなりますことやら…。

今年8月1日の更新でご紹介いたしました、ロシア製・義和団事件 連合軍国別軍装写真帖の棹尾を飾る最後の写真・参加国将校集合写真の中央あたりに、何と、あの秋山好古の姿を発見!
義和団事件 (北清事変) 第5師団兵站監として出征した当時の写真は、秋山好古、義和団事件、The Boxer Rebellionなどで画像検索を重ねてみましたが、いままでのところ同一写真はなく、もっともロシア語で検索していないという結構大きな穴はまだ残っているものの、おそらくは珍しい写真ではないかと思う次第であります。何しろロシアで作られた写真帖ですしね。しかも秋山がその名を馳せることになる日露戦争前のことですから。ええやっぱり珍しいだろうと。思うんですがさて。

■今週は1929~1930年の映画雑誌『スクリーン・ピクトリアル』昭和30年代の袋入りの栞(観光、記念もの等)が小さな箱に1箱分、外車のエンブレム15点20世紀初めの海外の照明器具カタログ2冊などが明日には店に入ります。

右の写真は来週の予告編、新着品でご紹介する予定の謎の商品のひとつです。化けるか化けないか、それが問題である。化けるか化けないかそれが分かる人がどこに居るのか分からないのがもっと問題であーる! やれやれ。

■年に一度はパリに出掛けていた頃は、この地では何とデモの多いことかと半ばあきれていましたが、一方で、市民が市民の力で手にした権利は市民である自分たちが護るのだという、とても健全な姿勢がここでは当たり前のようにして継承されているのだなと感心させられました。物事というのは功罪半ばするものなのか、アベシとその仲間たちによる暴挙 - すでにクーデターだとも云われています - は、民主主義、憲法、日米関係、自衛隊、20世紀の戦争と21世紀の戦争などに関する知識や議論を促し、多くの人が自らの意思を言葉や行動を通じて表明し、幅広い年代の人たちが立場を超えて連帯するようになりました。いまではこんなサイトもあります→ http://www.magazine9.jp/demoinfo/
「まあいいじゃん」でことを進めようとする人たちにNOと云う8月30日がもうすぐです。







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