■久しぶりの更新です。先週金曜日から日曜日まで続いた市場は我ながら まずまず。とも云えるような、ダメだった。とも云い得るような、要する非常にハンパな結果に終わりました。現在私のもとに残っているのは、なかなか抜けない疲労 並びに シビアな金額のお支払い のふたつであります。やれやれ。後者については請求書の到着を待ってどうするか考えるとして、とりあえず新着品のご紹介です。
第二次世界大戦下の日本を代表する対外広報誌『FRONT』が七夕の市場から店にやってまいりました。お目にかかることの少ない、号数二桁台の3冊です。
この内、『FRONT 10-11 鉄号』『FRONT 12-13 華北建設号』の2冊は「あっ。」と云う間もなく小店からお客様のもとに旅立ちますが、『FRONT 14 フィリピン号』は小店自前の落札品。何しろ現物を見るのはこれが初めてということもあって、長逗留となるのも覚悟の上での入札ではありました。 『FRONT』についてはあともう1冊、『5-6 満州国建設号』の中国語ヴァージョンも近々入荷する予定です。『満州国建設号』は日本語版がたまに出てくるのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、中国語版は日本語版とは異装 …… といった『満州国建設号』については入荷後に改めてご案内することにして、何はともあれ日本語版以外の『FRONT』が2冊揃うというのは小店初のことかも知れません(このあたり、実は記憶があいまいです…)。
Wikiをご参照いただければたちまち明らかになることですが、念のため記しておきますと、『鉄号』は英語と中国語の併記、『華北建設号』は中国語と日本語の併記、『フィリピン号』は英語と中国語の併記となっています。
これまたご存知の通り、陸軍参謀本部の発案で、当時のソヴィエト連邦の対外宣伝誌『USSR in conctruction』を手本とし、陸軍を後ろ盾に発行された『FRONT』は、林達夫、原弘、高橋錦吉、木村伊兵衛、渡辺義雄、濱谷宏など優れたス タッフのもと、潤沢な資金と資源を投入して制作されたのが『FRONT』です。大がかりな写真撮影、フォトモンタージュやエアブラシによる修正など、スタッフが納得のいくまで 何度も手を加えただけあって、全編にわたって漲る緊張感は、発行回数を重ねた今回入荷の号あたりに至るも並ではありません。
『フィリピン号』のテーマは英米列強からの解放と大東亜共栄圏建設完成のための戦争勝利。日中戦争から太平洋戦争を通じ、日本と日本が食指を伸ばした先の国々で盛んに喧伝された美辞麗句がいかに欺瞞に満ちたものだったか。『FRONT』とは、国家的欺瞞を覆い隠すために必要とされた完全なる偽装の姿そのものであり、その誌面が洗練されればされるほど、そして、そこで見せる他国の人たちの笑顔が美しければ美しいほど、暗澹たる気分にさせられます。2016年 7月。参議院選挙後。いま最も 「一見の価値ある」雑誌だと思います。
表紙に一か所、僅かな傷があるのが惜しまれますが、あとは全編通して傷みもシミもないほぼ完ぺきな状態です。
■こちらは七夕の延長戦上に開催された特選プレミア市からの到来品。これまた久しぶりの、個人所有のちょっと面白い写真アルバム。
今回の布装写真帖は大倉商事大連出張所主任だった堀洋三の旧蔵品。明治末、明治学院を経て早稲田大学で学んでいた当時の写真から、結婚後妻子ある家庭風景まで、およそ10年前後にわたる記録となっています。
堀洋三本人は洒落たスーツで決めた写真が多く、なかなかダンディな若き紳士です。中流以上の生活ぶりがうかがえる堀家の家庭内スナップや堀の親族の肖像写 真と並び、大倉商事大連出張所の同僚とその家族の写真(氏名、撮影年記載)多数。なかでも目をひくのが大連での大倉商事運動会風景や大連の芸妓の写真、そ して大倉喜七郎が注力したと云われる「本溪湖煤鉄公司全景」のパノラマ写真と炭鉱関係の数葉です。また、その喜七郎夫妻を大連に迎えての歓迎会の写真も。
他にもロシア語が印刷された芸妓の集合写真絵葉書に日本語で源氏名が書き込まれたものなど、全体に、当時の大連大倉商事と大連の日本人社会に関する資料的写真多数。名前と年度が比較的まめに書かれているのも手柄と云えるでしょう。
さて、堀洋三と云う人ですが、調べてみると、わずかながら資料があることが分かりました。「堀洋三」「大倉」の2文字でgoogle先生に問い合わせてみ ると、「国立国会図書館デジタルコレクション」の「大倉対川崎銑鉄訴訟事件之追憶 [53]」と云うのにつながります。詳細についてはまだインターネット公開されていないため分かりませんが、この事件の梗概によれば、大倉と川崎との銑鉄 取引をめぐる訴訟合戦のなかで、どうやら堀洋三は大倉の内部文書を川崎に渡し、大倉の有利に運んでいた訴訟を妨害しようとした人物 ―― 当然、大倉にとっては裏切り者 ―― として登場します。時は大正14年。この写真帖の時代とはほんど開きがありません。事件の後、堀とその家族、そして親族は一体どのような行く末が待ち受け ていたのか … おそらくは堀夫人の手で書かれたと思われる「郷里の墓」の文字が添えられた写真1枚が貼られたページに、あの当時は当然とされていたのであろう家人として の覚悟といったものがうかがえて胸に迫ります。
■今週はこの他、江戸時代中期~末期と見られる縞帳2冊、近衛文麿・堀内敬三・弘田龍太郎他戦時下音楽家の自筆書簡コレクション、昭和8年当時の西陣染織 研究会がまとめた海外製品生地サンプル集『玲瓏譜』、『四季応用図案百選』3冊揃、戦前資生堂のノベルティ2点などを落札。店への入荷は来週木曜日となり ますので、『図案百選』と『縞帳』は来週の更新でご紹介する予定。しばらくお待ち下さい。
■今週のななめ読みから。それにしても、あの党を信任できると云う人は、あと何度くらい愚弄されたら気がつくんだろう。いや、大切なものが失われつつあると云うこと自体、認識されていないとすると…? 問題の根の深さを考えさせられる2つの記事。
http://blogos.com/article/183312/
http://hibi.hatenadiary.jp/entry/2016/07/12/011239
■2016年ももう半分が過ぎ、今年もはや「明治古典会 七夕古書大入札会」の季節となりました。
このタナバタの関係で、来週、店は火曜・木曜の両日のみ、12時より20時までの営業となります。当HPの更新も一回お休みさせていただきます。
ところで、「明治古典会 七夕古書大入札会」とは何ぞや? と疑問をおもちのみなさま、是非、下記のアドレスから専用サイトをご覧下さい。
http://meijikotenkai.com/2016/
平たく云えば、年に一度開催される古書のオークションでありまして、今年は7月8日(金)10時~18時、7月9日(土)10時~16時の二日間、一般のお客様に商品をご高覧・吟味していただいた上で、古書業者がお客様に代わって入札する、と云うものです。
最低入札価格が10万円からと敷居さが間口の狭さになりそうですが、入場は無料、その上、漱石の自筆反故原稿や芥川龍之介の手紙、あの『死刑宣告』やフジ タの版画、芳年の浮世絵等々、出品商品はどれでも・どなたでも手にとってご覧いただくことができます。とてもじゃないけど買えないよと云う商品であろう が、やがて文学館や美術館に入っちゃうかも知れないものだろうか、とりあえず、あなたの指紋をつけておくことができるのです!
「だから何。」と云う声が聞こえてきそうなので馬鹿話しはこれくらいにして、小店、代理入札に関しましては基本的にこれまでお取引のあったお客様に限らせていただいておりますが、これはと思ったお品物がありましたら、お声をおかけ下さい。
会場は地下鉄神保町駅または新お茶の水駅、JRお茶の水駅から徒歩圏、駿河台下近くの「東京古書会館」。日月堂は金曜は閉場直前まで、土曜日は昼過ぎからほぼ終日会場に居る予定です。
今年は昨年より「七夕」と併催されるようになった業者だけの「プレミア特選市」が土曜日16時にスタート、「七夕」の最終入札と改札並びに「プレミア」の 入札・改札とセリとが日曜日に行われる上に、金曜夕方から土曜日昼まで五反田で開催される南部支部の入札会が重なって、多分、こう書いただけでは何がどう なってるのかわけ分からんと思われましょうが、正直、私にももうどうなっちゃうんだか分からない市場地獄の3日間。しかし一番の問題は、現在までに告知さ れている市場の事前情報のどこをとって何を見ても、「これは」と思うものがひとつもないこと。そうでなくともスランプが続いている云うのに どうする? どうなる!日月堂の72時間 …… なのであります (嘆息)
■タナバタを目前に思い切った買い物をするというのは手持ちに限りのある古本屋では土台無理なお話しで、今週の新入荷分はわずかです。いずれもタイポグラ フィ関係の洋書が7冊、土曜日に入荷。
画像はそのうちの1点、『ARS TYPOGRAPHICA - The type book of BALDING AND MANSELL』。 1930年4月発行の初版。イギリスの印刷会社「BALDING AND MANSELL」の製品である活字と組版サンプルを1冊の上製本にまとめたもので、とくに当時出来上がったばかりだったはずのエリック・ギルの代表作「ギ ル・サン」のファミリー7書体を収めているのが当書の手柄。
他に「ギャラモン」などオールド・スタイルから「ブロードウェイ」といったモード系の書体まで、活字約30種を収める他、文頭を飾るイニシャル・レター7P、罫線及び飾り罫7P、その他装飾7Pなどが含まれています。
1930年当時、当然のことではありますが112P全て活版印刷の直刷、自社PRのためとあって刷り上がりも実に見事。
あくまで活字関係の商品とそれを使って作ることのできる組版のみ、つまり、ほぼ活字によって構成された単純な本なわけですが、この上なく美しく、何度見ても見飽きること がないように思われます。
文字デザインと組版デザインとがいかなる力をもつものなのか。改めてその力の大きさを思い知らされる1冊です。
■と云うわけで、7月10日(日)には精根尽き果てているはずの私は期日前投票に行く予定。
ハンナ・アレントの『暗い時代の人々』の序文をひいたブログを見つけました。
http://d.hatena.ne.jp/ima-inat/20130828/1377655411
今週は、ここからの引用。まるで日本のいまとこれからを予言しているような、つまり、「暗い時代」を繰り返しつつあるという指摘にも等しいアレン トの言葉です。
「カタストロフがすべてのもの、すべてのひとを襲ったまさにその瞬間に至るまで、それはリアリティによってではなく、ほぼすべての公的な代表者ら の非常に効果的なおしゃべりと曖昧な物言いで覆い隠されていたのだ。彼らは遮られることなく様々に技巧を凝らして、不愉快な事実を言い繕い、もの ごとを正当化した。暗い時代について、そしてそこで生き行動した人らについて考えるなら、「エスタブリッシュメント」――すなわち「システム」と 呼ばれるところのもの――から発せられ広められる、このカモフラージュを考慮に入れなければならない。」
ブログで取り上げられているブレヒトの詩については、野村修訳のこちらで読むのをお勧めします。
http://blog.goo.ne.jp/momonga2004/e/796c3e482b2f4763743ef1900b883314
■当ページをご覧のみなさまであれば、もうこの程度では全く動じることなどあろうはずもありませんが、一応。古本屋ですが雲形定規です。あ。雲形定規ではなく、曲線定規と呼ぶのが正しいようです。
こちらの曲線定規、「ナイル・ユニカーブ」という名前をもつ新案特許の先端商品でありました。スピロA、スピロB、パラポA、パラポB、パラポCの5種1 セットを考案、設計、商品化したのは東京帝大出身の小林秀雄さん。コバヤシ・ヒデオさんと云っても帝大の仏文出身ではなくこちらは工学部の出身、従って 『無常といふ事』や『本居宣長』を著したわけではなく、こちらは大正10(1922)年に鉄道省工作局に入省、「国鉄1号バス」の設計に関わり、 昭和16(1941)年にはトヨタに移り、戦後は米軍在日兵站司令部調達部などでも働いた人。「ナイル・ユニカーブ」はGHQを退いた後、自身が主宰した「尚工研究所」開発商品として発売されたようです。
「ナイル・ユニカーブ」に最初に目をつけたひとりが亀倉雄策だったことからも先端商品としての存在感をうかがわせますが、亀倉雄策の推薦で「日本宣伝美術会会 員賞の副賞となり、1956年度の同章受章者となった亀倉は自身のデザイン研究室の壁に「ユニカーブ」をオブジェのようにして飾っていたのだとか。詳しくは右記のサイト で。『OMフォーラムvol.5 今月の「道具」その②「ユニカーブ」』
今回入荷したのは最初期の木製品2種2点、最終的に5種セットには入らなかったスピロAの小型を含む6種20点(カラフルな合成樹脂製)、透明樹脂5種5 点を布張専用ケースに収めた1セットに新案特許や製品化に関する書類一式をまとめた分厚いファイル、商品概要印刷物、掲載記事や小林秀雄氏の略歴などを含 む一式で、小林秀雄さんのご遺族のもとに残されていたものの全てです。
小店と長くお付き合い下さっている方はお気づきかもしれませんが、小林秀雄氏と云うのはかつて2006年、サイト上で公開した自店目録「机上のK.K.氏」のK.K.氏すなわち小林邦雄氏のお父上。K.K.氏こと小林邦雄氏とは、ご生前に一度、ご自宅に招かれてご蔵書の整理をお手伝いさせていただきました。邦雄氏は翌年急死。亡くなられて半年ほど後、ご遺族からのご連絡でお伺いしたその日は丁度前年、邦雄氏に招かれたのと同月同日。その日は邦雄氏が最後まで手元に残されていた印刷物を中心にご遺品をお譲りいただきました。以来10年ぶりの今年、これまで6度7度とお伺いしてきた邦雄氏設計のモダンなご自宅をいよいよ手放されると云うので呼ばれた際に出てきたのが小林秀雄氏の「ナイル・ユニカーブ」でした。
邦雄夫人が選んだ小林家の墓石の裏側には、邦雄氏の指示によって「ナイル ユニカーブ」の図が彫り込まれているのだとうかがいました。さて、この一式、いくらで、どのように売るのがいいのか …… 何しろ古本屋が雲形もとい曲線定規。ですからね。最後の最後に、とても重たい課題を与えられた学生の気分をいまちょっと思い出しています。
■現在、HPのリニューアルについて詳細検討に入っております。一方、店は店で店頭の商品とバックヤードのストックの見直しに本格的に着手するべく、ごそごそ発掘している途上で思い出したのが今週の2点目。1985年、クリストによる「梱包されたポンヌフ」に関する記録と資料、こちらももろもろ一式となります。随分前にパリで買ってきたものの、クリスト再評価までにはまだ当分時間がかかるだろうと思っていたのですが、今年は日本でも展覧会が開催されるなど動きが出てきたようです。
もろもろ一式の中には、シラクの署名入文書の複写、フランスのアートディレクターの自筆文書、タイプ打ちの文書や梱包の手順図解、作業中の写真、開催各地で制作された印刷物などが含まれる文字通りのドキュメント。なのですが、問題はフランス語の文面全てと英文の多くを読めていないということでありまして、買った際の値段だけを論拠に売値をつけると云う体たらく。フランス語と英語を読むよりダメな古本屋と呼ばれる道を選んだ土曜日の夜明け前であります。
■先週に続いてタイポグラフィ関係の洋書7冊、木版刷の団扇絵の見本帳とバラ、フランス製・子どもをモチーフとした古くて小さい印刷物30点などが店に入ります。
■それにしてもイギリスがまさかのEU離脱。日本国憲法第9条とEU欧州連合条約第条2条。私にとってそれは - 楽観主義に過ぎるのだろうけれど - 第一次世界大戦と第二次世界大戦のような非道を経て尚、人間は信じるに足る存在だと思える根拠となってきただけに、今日はどこか茫然自失と云うのか心ここにあらずと云うのか、PCの前で固まったまま随分時間を無駄にしてしまいました。日本は日本でこれはもー・あ~ぁ・やれやれ・と云う今週のななめ読みから。
アベノミクスの実相。http://blog.monoshirin.com/entry/2016/06/21/210210
真面目な質問集。http://matome.naver.jp/odai/2146651779976541301
せめてささやかな笑いを。総統閣下最新作。
https://www.youtube.com/watch?feature=youtu.be&v=uX5cNlJYdU0&app=desktop
おまけ。会田誠のつぶやきより。
「最近の日本が太平洋戦争前夜に似てきたのかなと思うのは、意訳すれば「飼い慣らされた俺って正しくて偉い」みたいな発言を、頼まれてもないのに一般人が、堂々と胸を張ってしてるところを頻繁に見るようになったことです。」会田誠のtwitterより。