#205 6-1-6 Minamiaoyama Minatoku TOKYO
info@nichigetu-do.com
TEL&FAX:03-3400-0327
sitemap mail

detail

16/07/16 『FRONT』フィリピン号と大倉商事大連出張所主任・堀洋三旧蔵写真帖

■久しぶりの更新です。先週金曜日から日曜日まで続いた市場は我ながら まずまず。とも云えるような、ダメだった。とも云い得るような、要する非常にハンパな結果に終わりました。現在私のもとに残っているのは、なかなか抜けない疲労 並びに  シビアな金額のお支払い のふたつであります。やれやれ。後者については請求書の到着を待ってどうするか考えるとして、とりあえず新着品のご紹介です。
第二次世界大戦下の日本を代表する対外広報誌『FRONT』が七夕の市場から店にやってまいりました。お目にかかることの少ない、号数二桁台の3冊です。
この内、『FRONT 10-11 鉄号』『FRONT 12-13 華北建設号』の2冊は「あっ。」と云う間もなく小店からお客様のもとに旅立ちますが、『FRONT 14 フィリピン号』は小店自前の落札品。何しろ現物を見るのはこれが初めてということもあって、長逗留となるのも覚悟の上での入札ではありました。 『FRONT』についてはあともう1冊、『5-6 満州国建設号』の中国語ヴァージョンも近々入荷する予定です。『満州国建設号』は日本語版がたまに出てくるのでご存知の方もいらっしゃると思いますが、中国語版は日本語版とは異装 …… といった『満州国建設号』については入荷後に改めてご案内することにして、何はともあれ日本語版以外の『FRONT』が2冊揃うというのは小店初のことかも知れません(このあたり、実は記憶があいまいです…)。
Wikiをご参照いただければたちまち明らかになることですが、念のため記しておきますと、『鉄号』は英語と中国語の併記、『華北建設号』は中国語と日本語の併記、『フィリピン号』は英語と中国語の併記となっています。
これまたご存知の通り、陸軍参謀本部の発案で、当時のソヴィエト連邦の対外宣伝誌『USSR in conctruction』を手本とし、陸軍を後ろ盾に発行された『FRONT』は、林達夫、原弘、高橋錦吉、木村伊兵衛、渡辺義雄、濱谷宏など優れたス タッフのもと、潤沢な資金と資源を投入して制作されたのが『FRONT』です。大がかりな写真撮影、フォトモンタージュやエアブラシによる修正など、スタッフが納得のいくまで 何度も手を加えただけあって、全編にわたって漲る緊張感は、発行回数を重ねた今回入荷の号あたりに至るも並ではありません。
『フィリピン号』のテーマは英米列強からの解放と大東亜共栄圏建設完成のための戦争勝利。日中戦争から太平洋戦争を通じ、日本と日本が食指を伸ばした先の国々で盛んに喧伝された美辞麗句がいかに欺瞞に満ちたものだったか。『FRONT』とは、国家的欺瞞を覆い隠すために必要とされた完全なる偽装の姿そのものであり、その誌面が洗練されればされるほど、そして、そこで見せる他国の人たちの笑顔が美しければ美しいほど、暗澹たる気分にさせられます。2016年 7月。参議院選挙後。いま最も 「一見の価値ある」雑誌だと思います。
表紙に一か所、僅かな傷があるのが惜しまれますが、あとは全編通して傷みもシミもないほぼ完ぺきな状態です。


こちらは七夕の延長戦上に開催された特選プレミア市からの到来品。これまた久しぶりの、個人所有のちょっと面白い写真アルバム。
今回の布装写真帖は大倉商事大連出張所主任だった堀洋三の旧蔵品。明治末、明治学院を経て早稲田大学で学んでいた当時の写真から、結婚後妻子ある家庭風景まで、およそ10年前後にわたる記録となっています。
堀洋三本人は洒落たスーツで決めた写真が多く、なかなかダンディな若き紳士です。中流以上の生活ぶりがうかがえる堀家の家庭内スナップや堀の親族の肖像写 真と並び、大倉商事大連出張所の同僚とその家族の写真(氏名、撮影年記載)多数。なかでも目をひくのが大連での大倉商事運動会風景や大連の芸妓の写真、そ して大倉喜七郎が注力したと云われる「本溪湖煤鉄公司全景」のパノラマ写真と炭鉱関係の数葉です。また、その喜七郎夫妻を大連に迎えての歓迎会の写真も。
他にもロシア語が印刷された芸妓の集合写真絵葉書に日本語で源氏名が書き込まれたものなど、全体に、当時の大連大倉商事と大連の日本人社会に関する資料的写真多数。名前と年度が比較的まめに書かれているのも手柄と云えるでしょう。
さて、堀洋三と云う人ですが、調べてみると、わずかながら資料があることが分かりました。「堀洋三」「大倉」の2文字でgoogle先生に問い合わせてみ ると、「国立国会図書館デジタルコレクション」の「大倉対川崎銑鉄訴訟事件之追憶 [53]」と云うのにつながります。詳細についてはまだインターネット公開されていないため分かりませんが、この事件の梗概によれば、大倉と川崎との銑鉄 取引をめぐる訴訟合戦のなかで、どうやら堀洋三は大倉の内部文書を川崎に渡し、大倉の有利に運んでいた訴訟を妨害しようとした人物 ―― 当然、大倉にとっては裏切り者 ―― として登場します。時は大正14年。この写真帖の時代とはほんど開きがありません。事件の後、堀とその家族、そして親族は一体どのような行く末が待ち受け ていたのか … おそらくは堀夫人の手で書かれたと思われる「郷里の墓」の文字が添えられた写真1枚が貼られたページに、あの当時は当然とされていたのであろう家人として の覚悟といったものがうかがえて胸に迫ります。

■今週はこの他、江戸時代中期~末期と見られる縞帳2冊、近衛文麿・堀内敬三・弘田龍太郎他戦時下音楽家の自筆書簡コレクション、昭和8年当時の西陣染織 研究会がまとめた海外製品生地サンプル集『玲瓏譜』『四季応用図案百選』3冊揃、戦前資生堂のノベルティ2点などを落札。店への入荷は来週木曜日となり ますので、『図案百選』と『縞帳』は来週の更新でご紹介する予定。しばらくお待ち下さい。

今週のななめ読みから。それにしても、あの党を信任できると云う人は、あと何度くらい愚弄されたら気がつくんだろう。いや、大切なものが失われつつあると云うこと自体、認識されていないとすると…? 問題の根の深さを考えさせられる2つの記事。
http://blogos.com/article/183312/
http://hibi.hatenadiary.jp/entry/2016/07/12/011239

 

inquiry 新着品案内 / new arrival に関するお問い合わせ

お名前 *
e-mail address *
お電話番号 *
お問い合わせ 件名
お問い合わせ 内容 *
  * は必須項目です)

recent