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17/03/24 更新は一回やすみ。営業のご案内です。

 ■ここにきて火急の作業が重なり、新着品のご案内は1回お休みさせていただきます。
明日、3月26日(土)は13時頃まで店内混雑する可能性があります。ゆっくり商品をご覧になりたいお客様には13時以降にご来店いただければ幸甚に存じます。
尚、来週は通常営業=火・木・土曜日の各日12時~20時で営業いたします。ご来店のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

 

17/03/18 再びの。一週遅れて詳細追加! 木版16度摺りの「乱菊 順序摺り」32枚/ベトナム戦争におけるプロパガンダの一断面

 ■大切なお知らせがひとつ。来週土曜日=3月18日は所用のため、開店時間が15時となります。
火曜・木曜はいつも通り12時より20時で営業。3月18日(土)にご来店の際にはお忘れなく、よろしくお願いいたします。

営業日程は上記の通りですが、3月18日(土)にご来店の際には、念のため、お出掛け前にお電話で在席をご確認いただければ万全です。お手数を おかけいたしますが、何卒よろしくお願いいたします。

■さて。要は事実上 - 事実上なんて相当大げさですが - 1回お休みとなった新着品のご案内、今日こそは更新します。
1点目は「乱菊」と題された木版画32枚。江戸中期の浮世絵師・勝川春草の作品を、浮世絵の「アダチ版画」が復刻し、いまも販売されているもので、同社の サイトには「北斎の師・勝川春章が特注で描いたと考えられる菊の花。全体を淡い色調でまとめ、白い菊は空摺の技法で花びらの柔らか な質感を表現するなど、手をかけた作品」とあります。確かにこの解説通り、瀟洒でかつとても凝った作品です。
但し、小店に入荷したのはアダチ木版でいまは扱いのない「順序摺り」と呼ばれるもので、完成品1点ではなく、完成品を構成する全版木を使用して版木1枚毎に摺り出した16版=16枚と、16版を1版ずつ実際に摺り重ね、1色ずつ完成品に近づいていく16段階 (最後の1点が完成品)の摺り出し16枚、合計32点からなるものです。
つまり、この1枚を完成させるには、図版を彫り込んだ版木16枚を要すると云うこと。市場でざっと目を通した段階では、完成までに必要な版数を 6~8版くらいと見ていたので、16版あるのには少し驚きました。
段階順に見ていくと、同じ色を二度重ねて濃淡を表現したり、「空摺」を加えることで陰影をもたせたり、16版を要するのも必然であることがよく分かります。
1枚の木版画に込められた手仕事の量と技と。かくも細かに積み上げられているとは。改めてその凄さに脱帽の「乱菊 順序擦り32枚」です。

 ■さてさて。少々手こずっていたのがこちら。米国赤十字の広報用写真と見られるファイルで、枚数を数えるのが面倒な量のベタ焼きが2冊分と、ベタ焼きから選抜してA4大ほどの紙焼きにした分を綴じた1冊、合わせてファイル3冊分の写真です。ベトナム戦争における「最大の転機」とも云われるテト攻勢のあった1968年の前後にあたる、1967年から1969年頃、ほとんどが日本にあった米軍キャンプ内の病院や付属施設で写されたもので、ベタ焼きの裏には撮影した年と月、そして撮影場所が明記されています。
戦地ベトナムでは米軍の空爆など大規模な戦闘行為が繰り広げられていた当時の写真ですが、ファイル3冊に残されているのはどこを見ても戦闘を想起させるような場面はただの1点もなく、どこまでも明るく、どこをとっても清潔で、むしろ楽しそうにさえ見える病院を中心とした傷病兵の日々。いかにもアメリカ風の明るく楽しいトーンは、これに先立つドイツ第三帝国や大日本帝国の戦時広報に一貫した一種の悲壮さとは異なるものの、不都合なところを徹底的に排除し、肯定できそうな部分を目いっぱい拡大して見せるプロパガンダの性質に変わるところはありません。
ボールペンで書き付けられている撮影地は「ZAMA」(座間在日米国陸軍病院)、「Tachi」(アメリカ空軍立川病院)、「OJI」(王子野戦病院)、 「YOKOTA」(横田野戦病院)、「Camp Dreke」(米陸軍第249総合病院 朝霞)、「KISHINE」(在日米陸軍野戦病院 横浜・岸根)に「YOKOSUKA」「OKINAWA」など、グァム、クラーク空軍基地(フィリピン)、台湾を僅かに含むものの、ベトナム戦争時、日本が 後方基地としていかに重要な役割を果たしていたのか、実は小店店主もこのファイルを見てほとんど初めてと云っていい程、痛感しました。
あらゆる戦争に与しない国。第二次世界大戦の敗戦により得られたはずの世界史上稀な理念は、わずか20年ほどで完全な骨抜きにされていたわけです。

■米国赤十字のプロパガンダを見ていて、どうしても頭に浮かんでくるのは沖縄の基地問題です。それがいかに複雑な問題であり、単純な二項対立に還元して語ることの不可能性について、今週、その実態と考察に触れて自省する一文を目にしました。時系列で遡れば、ベトナム戦争もまた、少なからぬ影を落としているはずです。
→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51162?page=5
それにしても。現政権最大の危機もまた金がらみとは。お金にばかり汲々とする人間が増えたところで古本屋に商機なし。やれやれ。

 

17/03/04 詳しくは … 後日=3月4日になってやっと更新 !

■さて。先週の土曜早朝に、詳細後日とお知らせしながら放置していた2点について、今週も手を入れぬままと情けないことになっておりました。
3月4日、本日は改めて詳細を書き加え、ついでに1点追加して更新いたします。
お約束を反故にする週が続いておりますが、どうか懲りずにお付き合い下さい。なにとぞよろしくお願いもうしあげます…。

1点目は「製作 日本工房」とクレジットされているソニーのPR冊子2冊
常ながら頼りにするWikipediaによれば、ソニーの創立当時の社名は東京通信工業株式会社。1955年には全ての製品に「SONY」マークを入れることにし、1958年、社名をソニー株式会社に改称。今回落札したPR冊子2冊はまさにその過渡期、SONYがSONYとなりつつあった1957年と SONYがSONYとなった最初期・1959年のもの、力が入って当然といえましょうか。
製作を請け負った日本工房はと云えば、この当時すでに名取洋之助は手をひき、内藤初穂が引き継いでおり、1959年発行分には「製作 日本工房」という記載の横に「(責任者内藤初穂)」の文字が並びます。がしかし、この2冊、名取が1950年から取り組んでいた『岩波写真文庫』に揃えたかのような判型と紙質を採用、紙面もビジュアル=写真中心の構成で、1957年版は名取のもとで『岩波写真文庫』の写真部員を務めたのちフリーとなっていた長野重一が、1959年版は名取が手掛けた国鉄の写真集『JNR』で撮影を担当した薗部澄・細井三平が写真を担当。また、1959年版は 早くから海外市場を射程に入れていたソニーらしく、テキストは和英併記のスタイルがとられていますが、端正なレイアウトや書体など日本工房の仕事を代表する『Nippon』を思わせるところ多し。
この2冊、「“名取洋之助の” 日本工房」からは表立っては離れつつも、その実、日本工房の血を濃くひく正嫡。この後、創業メンバーの意思の通り、世界に羽ばたいていくことになるSONYのスタートにとてもふさわしいPR誌だと思います。

ちなみに内藤初穂はご存知『星の王子様』の翻訳で名高い内藤濯の息子。最近では、実験工房による「バレエ実験劇場」で構成を担当した川路明が川路柳虹の息子だとか、舞踊評論家の中川鋭之助の父親が中川一政だとかと云うのを知るにつけ、つくづく戦後の文化的豊かさは、戦前の豊かさが背景にあって初めてもたらされたものなのだといまさらながらに思い知らされています。而して貧しい戦中・焼け跡派の子女たる我らが世代のことを考えると …… 「ごめんなさい。」としか言葉が見つからないのでありました。

『HICK HACK HOCK』。木箱入りの豆本。表紙は石でできています。1995年にロンドンの「サークル・プレス」と云うところから出版されました。タイトルを検索窓に入れて画像検索すると、 当然と云えば当然ですが、表紙にあたる石の部分はひとつひとつ違っていて、これまた当然と云えば当然ですが、それを収めるための木箱は1点1点、石のかたちに合わせて刳り抜かれていることが分かります。
本文は蛇腹折りで12P。1Pに1点、鋏の形を型押し、1Pにひとつの単語を置いています。
何部つくられたのかは記載されていませんが、どう見てもそうたくさん作られたとは思えません。
最近は、「これ欲しい。」と云う欲求が薄れる一方、果敢に入札に向かおうという気持ちを失いつつある小店あるじが、少しばかり物欲を刺激されたと云う1冊です。

 買うべきか。見送るべきか。悩んだ末に入札。こういう場合に限って落札。しかも上札。と云う古本屋にありがちな展開で入荷となりました。
『武満徹 ← 1930 …… ∞』。1964年、武満徹発行の自費出版・限定500部の内の1冊。画像でご覧の通り、カバーと函付き、本体含め状態がなかなかよろしいのです。
がしかし、どうしても気になったのは中に挟まれていた1枚のハガキで、これは初見でした。
武満の本ができたことと本の姿かたち等を案内し、瀧口修造(序文より)と一柳慧の推薦文が刷り入れられ、「批判をあおぎたいと思います。」との言葉で結ばれる武満の短文と批評を書き込む欄が設けられた往復ハガキでありまして、書籍購入の申し込み先、そして武満が求めた批評の返送先ともに、はっきりと「草月アートセンター」と刷り込まれています。武満の当時の活動等から見て当然の、とは云え、こうしてはっきり姿を現わすのを見ると、ちょっと感動に似た感覚が沸いてきます。少し縦に長いハ ガキ2枚を縦につなげ、文字と罫線だけで構成されたデザインも洒落ています。
装丁はじめ書誌についてはさまざまなサイトが直ちに詳細教えてくれますので端折ります--なんてものは買わない方針のはずなんですが。まさかそれが1枚のハガキによってひっくり返されることになろうとは。しかも、それが高くつことになろうとは。エフェメラおそるべし。

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なごみ系をお求めの方はこちらをどうぞ。マーブル紙製造過程には目が釘付けです。
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