■依然、目録の原稿書きは続いておりますが、商品撮影を無事終えたところで今週の新着品です。依然、目録の原稿書きが続いておりますので(← 我ながら くどい)今日も駆け足で。のつもり。
■この業界、頼もしきは諸先輩であります。画像でご覧いただいております題箋に記されたこのタイトル、私に判読できたのはデザインの雛形だということを意味する「志んせん●●●●おんひながた」の部分だけ。1行分かち書きされている副題の●部分がさっぱり分かりません。この道ももう20年近くになりますが、まだまだ日本語さえまともに読めないというのですから実にお恥ずかしい限りです。
やや。困ったぞ。と思う私の視界のすみの方に、和本を扱われる大先輩の姿が見えます。「立ってるものは親でも使え」と昔の人は云いました。立ってるものならお客さまでもお使い立てする日月堂です。早速つかまえて教えていただいたのが『新撰御所解 御ひながた』というタイトルでした。さすがは、です。私もこうした先輩でありたいと願っております。願ってはいるのですが、こればかりはそーとーむつかしそうであります。
で、その場では「ありがとうございます! 本当に助かりました!!!」と深々お辞儀して心から謝意を表して帰ってきたのですが、実は、頭の中にもうひとつの疑問を抱えたまま。そうです。ごしょどき。御所どきとは。どーゆーのー?
このページでご紹介するまでには、実は毎度毎度、このようなハードルを越えてのことなのですがそれはさておき。
便利なことに大抵のことは ぐーぐるセンセイが答えてくれる昨今、「御所ど」まで入力すると即座に「御所解」であることを教えてくれました。「き」までは必要ないという。ううむ。21世紀おそるべし。で、ここからはwikiせんせいからの引き写し-「御所解(ごしょどき)は、和服の文様の一種。四季の草花を細かく密に表し、その間に御所車や扇、柴垣など『源氏物語』等の王朝文学や能に頻出する事物を配するのが特徴」で、歴史的に見ると「江戸時代後期に武家婦人の衣服制度が定まったときに、特に高位の御殿女中の着物の文様として好まれた物」で、「その柄行きから着物がどの物語を主題としているのを当てるのも教養の内だった」そうですが、「幕末になると完全に形式化してしまった」と云うことだそうです。維新維新と胸張る向こうで教養主義が衰退したとでも云いたげなこの指摘、必ずしも過去のことだけではないような気もします。
ああ、またしても前置きが長い。すみません。肝心の『新撰御所解 御ひながた』です。
これまた小店好みの木版刷りのキモノの図案集でありまして、昭和9年、京都の内田美術書肆が発行。画作者は中安栞堂とあります。これまでの経験から、内田美術の図案集は売りにくいので、どうだろうと半分様子見で手にしたのですが、案に相違してこれが悪くありません。
何しろもう昭和9年の着想ということもあってか、wikiせんせいのご指摘の通り図案に汲まれるべき物語的要素はほぼ皆無。ですが、抽象化に近い大胆な意匠や構図、古典柄に近い図案の場合でもその色づかいなど、“品よくまとめられたモダンデザイン”という言葉がよく似合います。
入荷したのはシリーズのうちの第3巻と第4巻の2冊。何巻まで刊行されたのか判然としませんが、まだ見たことのない1・2巻、そしてあるかも知れない続巻もいつか目に、いや、古本屋として手に入れ売ってみたい図案集のひとつとなりました。
■照明デザインの原画40葉を、市場で落札したのがいまからもう4年半程前のこと。
詳しくはこちらをクリック → http://www.nichigetu-do.com/navi/info/detail.php?id=567
その時の原画プレートには四谷・栄光社設計部、虎ノ門・良明社といった記載があったのに、今回入荷した『レオン邸 照明器具図案』には、どこで作成されたものか手掛りがありません。でも、どこから見ても、どう見ても、何度見ても、以前の四谷のと虎ノ門のと描いた人が同一としか思えない …… と云うだけのことでついつい手が出てしまいました。レオン邸というのも当然ぐーぐるセンセイに尋ねてみるもこちらもさっぱり。で、何も分からないものだからもう何も書くことがない。ないわけですが、しかし!この原画22葉・35点分の照明器具のデザインはどれも繊細極まりなく、戦前の洋館がいかに贅を凝らしたものだったかを雄弁に語ってくれること、請け合います。
■安保法案ほどではありませんが、今年波紋をひろげた問題のひとつにオリンピックのエンブレムのデザインをめぐる騒動がありました。最近になって、審査委員のひとりで、修正後のデザインについて一人だけ異を唱えた平野敬子氏が、自身の公式ブログで公募から審査、会見までの経緯を公表されています。当事者としては不愉快極まりないに違いないことの次第を明かされているわけですが、それが、「9条」と書かれたTシャツを着ていただけで、或いは「平和」の文字が刺繍された手提げ袋をもっていただけで、警察官から呼び止められるような不思議なことの起こる表皮の向こう側の様相、そこに蠢いているものの正体にも通じているようで、一読をお勧めいたします。http://hiranokeiko.tokyo/
それにしても、広尾のF.O.B COOPの閉店は結構こたえました。店と云うものが曲がり角にきているのを手厳しく教えられたようで。私などにはずしりと腹にこたえる言葉が続くオーナー・益永みつ枝さんインタビューは次のアドレスで是非 → http://roppongi.keizai.biz/column/26/
■来週の目録掲載商品の写真撮影に向けて、ページ構成を決めておかないといけないというのに考えがまとまらず、本日そちらの仕事に専念するべく、更新は1回お休みさせていただきます。デジカメのデータも少しきれいにしておかないといけないし。
というわけで『新撰御所解 御ひなかた』など、早速ご案内したい新着品もあるのですが、来週までお預けということで。しばしお待ちいただけますようお願いいたします。
あ。来週も店は火・木・土曜日の各日12時より20時で営業いたしますので、こちらもよろしくお願いいたします。
■画像は小ネタ。考えに行き詰まり、気分転換をかねて、積むに任せていた新入荷品のヤマから洋雑誌を手にしました。1931年の『THE ILLUSTRATED LONDON NEWS』クリスマス号。洋雑誌のクリスマス特別号はやはり素晴らしい!という充実した内容のこの号で、どこかで見たことのあるような、がしかし ちと違うゾという広告を発見。
ご興味とおヒマがありましたら、Googleで「cassandre」「pivola」のふた文字を入力、画像検索してみて下さい。ま、確かに違うんですが、どこかで見たかもと思った理由がお分かりいただけるはず。同じ図版が延々と続く検索結果それ自体もまたなかなか面白かったりして。
■う。まずいゾまずいゾ目録の準備がすすんでないゾ品物だって揃ってんだかどうなんだか分からなくなッテきたゾと云うわけでゲンザイ優先すべき課題が山なしておりいまにも押しつぶされそうであります。つぶされる前に「ころっ。」とつぶれちゃう可能性もありこのページの更新も店に並べる商品も手を抜いていてよいわけがない断然ない! のではありますがしかたあるまい先ずは目録の構成決めるゾ。と云ういい訳にもならない理由により本日ご紹介する新着品はとにかく1点だけにさせていただきます。実は店には戦前のアサヒカメラや洋書絵本や何故か拓本といったものまで入ってきてたり入ってくることになっていたりするんですがそれも仕方あるまい全部あとまわし。といった次第で今週の新着品です。それにしてもこんな前段書いているのがそもそもムダだろ。ですって? そーですよね。ぽりぽり。
■昭和9(1934)年、第二次ロンドン海軍軍縮会議を翌年に控えた予備交渉が不調に終わり、日本がワシントン条約破棄を通告することになりました。通告は12月。その直前の11月、一週間の会期で東京上野の松坂屋で開催された「海軍軍縮展」を記念し、主催者である海軍協会と後援した海軍省への謝意をこめ、松坂屋によってまとめられた写真帖がこれ-『海軍軍縮展記念写真帖』です。小店初見。一般的な刊行物ではなく、字義通りの記念品であり、条約破棄への賛意を表明するためにも、同年内または翌年早々までに製作、限られた関係者に配布したものではないかと推測します。
巻頭に曰く「不合理なる比率主義に基くゆがめられた軍縮条約を撤廃して、公正妥当なる方式の下に、他を侵かさず、他より脅かされざる我国軍縮の根本主張を普く民衆に認識せしめ(中略)ん目的をもって開催されたる海軍軍縮展は非常時局に於る国民の要求に能く適合し、会場は連日満員の盛況を呈しました。/これは偏に主催者後援者の御尽力に依るところであり、大衆への奉仕ヲ目的とする松坂屋にとつて此の上なき名誉と幸せとでありました。」
当品に収められている写真は55点で、全て印画紙。錨と旭日旗で飾られた建物外観から、レリーフの施された柱と柱の間に設置された巨大な1階正面装飾、軍縮会議での日本の主張や各国軍事力を示す展示パネル、ロンドン会議や支那事変のマネキンを使った再現、戦闘機や高角砲、水上偵察機などの参考展示品、宣伝ポスターまで。相当な手間とコストをかけていることがわかるのに加え、開会当日の雑踏や参考展示品をとりまく群衆写真から、少なくとも動員の点では成功した-松坂屋さん的に云うと 大衆への奉仕にかなった-催事だったであろうことがうかがえます。
この当時のことですから写真は全てモノクロ。最終頁のポケットに差し込まれた海軍協会編纂による「海軍軍縮とは!!!」という丸型二つ折16頁のパンフレットが、フルカラー印刷で色を添えています。このパンフレットを読むと、この展示が日本の軍縮会議脱退を正当化するためのものであり、予め国民の理解をとりつけておこうというプロパガンダだったことがよく分かるのですが、国際情勢の変化への対応と「国防安全感の確保」を何度も繰り返すあたり、約80年を経たいま、何の因果か先祖がえりしたような言葉ばかりよく聞かされるなと思うのは私だけでしょうか…???
というわけでさて、これから目録構成の見直しです。10月も下旬。夜が長くなりました。