■“1968年2月、マルセル・デュシャンはカナダのトロントで行われた「レユニオン」(音楽的「再会」)で、ジョン・ケージを相手に、音響装置付きのチェス盤を使った対戦を行います。その準備と対戦の様子を写真に収めていたのが久保田成子。久保田は1960年にニューヨークへ渡り、1964年から同地でフルクサスに参加、後にナム・ジュン・パイクと結婚することになるビデオ・アーティストですが、1968年10月にデュシャンが亡くなったのを受け、「レユニオン」で撮影した久保田の写真にジョン・ケージのテキストを添え、音盤(ソノシート)を付して出版したのが『REUNION』です”と書いたのは2015年4月4日の新着品ご案内でのこと。当書に関する詳細については、ご面倒かとは存じますが、この時の記述を当項末尾のアドレスよりご参照いただくとして、以来今日まで約2年半。
この間には、ソノシートと函のない1冊を扱い、さらにここに来てソノシートと透明フィルムカバーと函のついた完本が入荷いたしました。
しかも何と2冊! 別々の市場に出品されたのをそれぞれ落札して。何しろ久保田成子の私家版と云ってよいレアな本で、実際、500部の限定出版なのですが。こんなこともあるんですね。
とはいえそこは古書。1冊毎に状態が異なります。以下、AとBとに分けて詳解すると ……
A) 扉に久保田成子の自筆で 「115/500 Mr & Mrs Toshio Matsumoto with love Shigeko Kubota 22nd April 72 in N.Y.C」と書かれており、あの松本俊夫の旧蔵品 !と見られるもの。函の小口側に退色、透明フィルムカバーの一ヶ所欠け、そして本文4ページ(2枚)に折跡があるのが非常に惜しまれる1冊。ちなみに記番のあるのはこれが初めて。
B) 当書刊行当時、美術雑誌の編集者だった人宛の謹呈箋付きで、函に焼け、透明フィルムカバーに大きな裂け、ソノシートの袋の上辺に焼けのある1冊。
コンティションと旧蔵者の名前から、価格には「 A > B 」で差をつける予定(ただいま検討中)。
これまで小店に入荷した『REUNION』は500部のうち4冊。どうやらご縁のある本だと云えそうですが、この数字、さて、どこまで伸ばせるでしょうか。
尚、当書に関する詳細記事は下記ご参照下さい。
15/04/04 土 1968年。最晩年のマルセル・デュシャンとその周辺の人 彼らが行ったこと 出版された本。→ http://www.nichigetu-do.com/navi/info/detail.php?id=953
■ジョン・ケージと云えば鈴木大拙とキノコとマクロビ。今週の2点目は『REUNION』とマクロビオテックつながる『YOMIGAERI』、洋雑誌ではなくローマ字で書かれた『よみがえり』という日本の雑誌です。
『YOMIGAERI』は後にマクロビオティックの提唱者となる桜沢如一、海外ではジョー・オオサワとしてその名の知られるその人がまだ20代半ばだった大正8(1919)年に創刊したローマ字雑誌です。1巻1号より大正11(1922)年の4巻12号まで揃い29冊が合本3冊の姿で入荷しました。
wikiによれば、桜沢は同誌を通じて「大和言葉のよみがえりを提唱し」たとされ、ローデンバックの詩の翻訳なども掲載されていますが、1冊約15~25Pとそれほど厚さのない雑誌でありながら、木版画がふんだんに使われているのも大きな特徴。
創刊号より木版の挿絵を提供していた諏訪兼紀を主力として、深澤索一、北村今三等による表現主義、象徴主義風の作品を多数所収しています。
創刊当時は活版組版と同じ刷面に組み込まれ、両面刷りされていた作品が、4巻では片面刷へと昇格するなど、誌面上での重要度を増して行った様子がうかがる他、大正11年の創刊当時には「1m YOMIGAERI NO IE BIZUTU-TENRANKAI」として諏訪、深澤、北村に、春村ただを、川上澄夫らを加えて展覧会を開くなど(合本3冊目の巻末に展覧会目録所収有)、スタート時より美術、とくに木版画を通じた表現を重要視していたものと見られます。
『YOMIGAERI』創刊2年前には貿易会社の支配人として羽二重を輸出、欧米にも渡るようになったという桜沢の審美眼によるものか、表紙や広告にまで挿入される木版画をペースとした装飾。挿絵に至るまで、どれもなかなかしゃれたものばかり。画像に採りきれなかった図版については、店頭で。是非。
■今週は店内に積んだままになっていた主にアメリカの洋雑誌を少しずつ店内に出し始めている他、明日より木版刷りの着物図案のプレートを徐々に店頭に出していく予定です。
あ。画像左斜め上の『DIE WOCHE』も新たにキャビネット上に顔を並べています。
■イタリア旅行から帰国して2日後の10月6日以来、我らが世代の多くの方たちご同様ではありますが、両親揃って俄かに介護の手が必要となり、今週までバタバタと云うかジタバタというのか、いずれにしても時差ボケなんてノンビリしたことなど とりあっている暇のないままこのひと月を過ごしました。依然として雑務が残されており、さらに、これから先のことを考えると前途は多難ですが、今週になってようやく、父母それぞれ今後数ヵ月経過を見てからの判断かな、というあたりまでこぎつけました。
そうは云ってもやはり年明け1月の「銀座 古書の市」には準備が間に合わず、2018年は1回パスだし、その分どこかでカヴァーできるんだろうか…???
というわけで。次なる喫緊の課題は自分の仕事のたて直しであります。
来週より、店は火・木・土曜日の各日12時~20時で安定して営業しつつ、ここのところ仕入れたまま山なすに任せる一方だった商品の点検・値付け・陳列作業も可及的速やかにやっつけて、店内の秩序回復にも努める予定であります。
「予定は未定。」とのご指摘もあろうかと存じますが、そこはひとつ 大らかなお気持ちでもってご寛恕賜りつつ、ご来店いただければ幸いです。何卒よろしくお願いいたします。
■新着品のご紹介についても来週より通常に復帰の予定です。今日のところはその先触れ。1940年前後、ドイツ国内で流通していた雑誌のヤマの中から見つけたタイ語の雑誌で、名取洋之助以下、国際報道工芸のメンバーによって編まれ、1942年に発行された『カウパアプ・タワンオーク (東亜画報)』第5号はじめ、今週の新着品については来週改めてご紹介いたします。いま少しお待ち下さいますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
■イタリア帰国直後より、臨時休業してみたり、お知らせしないまま当ページの更新を休んだり、これまで以上に気まぐれな仕事ぶりに、呆れられていることと存じます。大変申し訳ございません。
この状況、あと1~2ヵ月続きそうで、ここ8年というもの新年吉例となっておりました「銀座 古書の市」も、次回2018年1月開催の1回、お休みさせていただくこととなりました。
年に一度の合同目録への参加、催事会場でのお客様とのやりとり、参加店ご同業の方たちとの交流など、小店店主も毎年楽しみにしていただけに、本当に残念でなりません。
しばらくは営業日時等、不安定な状況が続きますが、営業日や営業時間の急な変更等、Facebookの小店のページ (「Facebook 古書 日月堂」で検索して下さい) で随時お知らせいたしますので、ご確認いただければ幸甚に存じます。
これまで以上にご不便とお手数をおかけいたしますこと、心よりお詫び申し上げます。
どうかご海容の上、よろしくお願い申し上げます。
■「銀座 古書の市」を1回お休みする、と云うことは、つまり、合同目録に掲載予定だったものを店頭販売する、と云うことになります。
とくに夏頃から10月上旬までに仕入れたものにのなかには、目録用にと放置していたものもあり結構ありまして、そうしたものも再度掘り起こしては、このページでご紹介したり、随時店頭に出していきたいと思います。
そのひとつが森永の広告まで一体化した斬新なデザインが目をひく映画「メトロポリス」のプログラム。渋谷駅近くにあったという映画館「渋谷キネマ」の週報にあたる印刷物で、1929年4月18日号。グレーの色紙に黒と赤の2色刷りを施した計4ページに、白の普通紙に上映作のスタッフや梗概等を紹介した4ページの合計8ページ。
1927年公開のフリッツ・ラング監督による映画「メトロポリス」は“SF映画黎明期の傑作”とも、“SF映画の原点にして頂点”とも称される皆様ご存知不朽の名作。
日本での公開は1929年の4月3日とされており、渋谷キネマでの上映は同じ月内とは云うものの、封切館だった松竹座から遅れてのことでありまして、さらに、「ウォール街の狼」との2本立てで、外国人女性出演の「ヴォードビル(ヌードダンス)」を挟んでの上映と、公開時から見ると何となく一段落ちの感は否めませんが、この週報に限っては、ご覧の通り並々ならぬ力の入れ方であります。メトロポリスはモードだった。おそらく。
これまでに、封切館となった松竹座の週報「松竹座ウィークリー」のメトロポリス公開当時のものについては、国内に5館あった松竹座の内、4館分までを集めながら(それぞれ異装)、名古屋だったか道頓堀だったかどうしてもあと1館分が手に入らず、あきらめて売却するなど何度か扱ってきましたが、今回入荷の“渋谷キネマ ヴァージョン”は初見でした。まさかこんなものがあったとは。紙モノの世界、何年経ってもまだまだ底は見えません。
■装飾美術分野の図案集の仕事を中心に、アール・デコ時代のフランスで活躍したデザイナー Serge Gladkyのポショワールの図案集が久しぶりに入荷しました。
2点目の画像がそれで、タイトルは『SERGE GLADKY COMPOSITIONS ORNAMENTALES』。
巻頭テキストはあるものの、刊期の記載なく、先週来調べているのですが、この書籍に関する情報に行き当たらず、それによって 「もしかしてレア?」と考えている1冊。
この人の作品集に多くみられるポートフォリオに未綴じのプレートを収めるスタイルではなく、大ぶりなフランス装 (軽装判、糸綴じ)の体裁ですが、数葉がすでに綴じからほとんどはずれかけており、表紙の状態が悪く、プレート毎の状態にも開きがあるなどから考えて、ここは思い切ってプレートバラ売りにするか? というのをただいま熟考中。
■中国のデザインについては、おそらく古ければ古いほど、洗練されたものがあるのではないかと思いつつ、近現代のデザインについてはこれまでほとんど注意を払うことがなかったのですが、この図案集については買う気にさせられました。
『中国戯曲服装図案』がそれで、東北戯曲研究院研究室編、北京の人民美術出版社が1957年に発行したもの。タイトル、中国語の「前言」、目録(図版プレートリスト)を記載した全4Pの印刷物と、フルカラーの図案73図を収めた未綴じのプレートとで成るもので、シルク装の帙に収められています。
ソモ「中国戯曲」トハ何ゾ。と検索してみると、“「戯」は舞踊や雑技、「曲」は歌謡の意味で、劇中に舞踏や歌謡が用いられることを特徴とする。科(しぐさ)・白(せりふ)・曲(うた)によって構成され、科白のない散曲と対照される言葉である”とwikiにあり、「京劇」などの生まれた近現代より、古くは漢の時代に遡るのだとか。
こうした「中国戯曲」の衣装に使われていたデザインを、大陸各地で調査しまとめたのがこの図案集で、氏名がクレジットされている3人の中国人絵師が絵に起こしています。
古典的なデザインを意図的に蒐めたのか、あるいは時代的に古いものが多いせいか、西洋と東洋を混合したかのような意匠が多く、また、抽象化の度合いも高い点が、珍しく小店が中国もののこのデザイン集に手を伸ばした理由です。
印刷は、顔料の上から薄く蝋を引いたような不思議な肌合いがあり、一体どのような技法で印刷されたものか詳らかにしませんが、すべて発色よく、色合いは上品で、こちらもプレート売りした方がよさそうなものの、揃っているからには一括で販売。当然ながら。良質な図案集だと思いますが、さて、小店で植民地や戦時関係資料以外の中国ものが果たして売れるのかどうか。
ともあれご興味ある方は是非店頭でご覧ください。
■さて。次回更新は来週か、再来週か、また少しの間お待たせいたしますが、新着品だけは陸続と。でありますので、ご来店のほど改めてお願い申し上げる次第であります。