■今週金曜日は久しぶりに市場の楽しさを思い出しました。何と云っても出品の多い市場には、やっぱり面白いものが混じっているものです。
がしかし、さすがにここまで楽しいものが出てくることはあまりないぞ。いや二度とないかも。というのがこちらのいかにもアンティークな木製品。ちょうど小店店主一人分くらいの大きさ、いわゆる「起きて半畳寝て一畳」より少し小さいかな。というくらいの物体。人としてはかなり小さいけれどもブツとしては存在感充分といったところですね。
さて、これは一体何かと云えば、ステレオスコープ=双眼写真を見るための装置です。双眼写真がはやった19世紀末~20世紀ごく初期までのものと見られます。
ステレオスコープのビュアーと云えば、溶接作業の時に使うような手持ちのゴーグルのようなスタイルが一般的で、これほど大掛かりで本格的なボックススタイルのビュアーを見たのは初めてです。しかも、これがかなり良く出来ている。
装置正面の双眼レンズの部分から覗いて見る方式なのですが、箱の左右側面についているダイヤルをまわすと、箱の内部に装着された双眼写真が次々入れ替わっていくというもの。縦方向に動くベルトコンベア状の仕組みに、一定間隔でクリップ付きの枠が設けられており、ここに写真を装着していて巻き戻しも可能。箱の深さから見て、双眼写真がざっと100枚くらいは仕込まれているのではないかと思います。
正面の覗き眼鏡の上のレンズ、背面の素通しのガラス(可動式)、内部に装着する可動式の鏡(写真撮影時にはとりはずしていました)で光を調節、覗き眼鏡のピントをやはり箱の側面にあるダイヤルをまわして調節しながら覗いていると、眼鏡の向こうで立体写真が立ち上がってくるという趣向。
さて、この装置は一体いつ、どこでつくられ、どのうよに使われていたものなのか…?
新しい技術系の装置には、たいてい製造所なり販売代理店なり、何かしらネームプレート様のものがつきものですが、当品については一切手掛かりがありません。深夜0時をまわって検索を続けるも類似品発見に至らず。卓上設置可能なサイズで当品と同じような箱型のもの(Taxiphote)は見つかるのですが、そちらは技術的にもっと進んでいるようです。
改めて当品について考えてみると、機能に必要なスペースだけでつくれば、おそらく現状の二分の一~三分の一の高さで済みそうなのに、この"いらぬ大きさ"、良質な材木、家具調のフォルムなど、見た目に対する何かしらのこだわりが感じられます。趣味が嵩じた人がオリジナルでつくらせたか、興行用につくらせたか、そのいずれかではないかと。で、どちらかと云えば、後者の可能性が高いのではないかと推測しているのですがさて…???
ちなみに旧蔵者はキャバレー王にして絵画蒐集でも知られた福富太郎。旧邸に一室だけあった洋間にドールハウスと並んで置かれていたもので、これだけは対外的な活動とは完全に関係を断った極私的趣味だったのではないかと窓口となった同業の方から聞きました。
ますます世界に1台かもと思いたくなるこの物件、店に置いている間は福富太郎さんにあやかりたいものです。
あ! 画像は入札会が開催された東京古書組合で撮影。市場が終わって商品、什器もろもろきれいに片付けた会場です。台車は非売品(!)。この場では小さく見えると思いますが、これが店に届いた途端に ふえるわかめよろしく …… ということは一晩だけ忘れていようと思います。
■アンダーグラウンド演劇公演については以前から関心を持っていましたが、ポスターの入荷は今回が初めて。全部で4種の入荷ですが、狙いは1点『アンダーグラウンド演劇公演No.9 蠍座プロデュースNo.8 一時間の恋』。1969年に上演されたこの芝居で、衣裳を担当したのは当時スタイリストとして活動していた川久保玲。奇しくもコム・デ・ギャルソンのブランド立ち上げと同じ年に手掛けた舞台の仕事です。ポスターはシルクスクリーン刷でデザインは小島武。
実は最近の店内発掘作業により、この公演のチラシを発見した…はずなのですが、それをどこにやったのか一向に思い出せず、明日はまたごく最近一度は片付けたはずのところをひっくりかえす日月堂の堂々巡り。やれやれ。何とかしたいものであります。
■今週の斜め読みから。
スガノミクスの一側面。
https://www.news-postseven.com/archives/20200918_1596267.html?DETAIL&fbclid=IwAR3mRWhTtbLqLSEwP84_p3oEMFnOKBeSjn9uvqp5W282HnNggNh4hKt9rrk
タケナカヘーゾーのタクラミ。
https://mobile.twitter.com/NTUY_uncle_bot/status/1308376741635710981?fbclid=IwAR390XBOlZgdCtJX2ondg96VQmE0hhY_BEDEXw989gDidWYINk2dyVCingo
「自助共助公助」ノ読ミ方。
https://mobile.twitter.com/NTUY_uncle_bot/status/1308376741635710981?fbclid=IwAR390XBOlZgdCtJX2ondg96VQmE0hhY_BEDEXw989gDidWYINk2dyVCingo
どこに絆の生まれるものか…。
■我らがニッポンの新たなトップと党四役。Facebookのタイムラインにあがってきた平均年齢70歳超えというその面々の写真に書き込まれた「5爺」のコメントには思わず笑ってしまいましたが、モリカケサクラはそのままに、鳴り物入りの「IT政策担当」大臣は元電通で前政権下では広報担当として女性政治家をはばあ呼ばわりして恥じるところのない御仁だというし、八紘一宇の学習成果(!?)を嬉々として国会で発表した女史は「副」とはいえ役付きとなるそうだし、その他あちらからこちらまでいつかどこかでみたような人たち、しかもほとんど覇気もない面々が担う「自助共助公助」社会のこれからを思うにつけ日々暗澹として穴倉にでも引き込まれる思い。しかしそれでも参戦し続ている市場はと云えば、こちらはこちらでかつてないほどカラッカラに干上がっており、いよいよ進退窮まりつつある小店ですが、こういう時、思いがけず救いの手を差し伸べてくれるのが買ったままバックヤードに押し込め、或いは自宅に放置していた在庫品だったりいたしまして、そうした品々を前に ああ何と不憫なことをしていたことよ赦しておくれと頭を垂れているこの数週間、今週の新着品はこうした発掘品からのチョイスであります。
1点目はそれほどサイズが大きくないので、小店の商品を委託で置かせて下さっているアンティークショップにお預けするつもりでデザインだけ見て買っておいたイギリスのポスターです。
いざ値付けという段になってとりあえず相場を調べておこうとケンサクし始めてみると、多くが1929年のイギリスの総選挙の時のものであること、この時の選挙については歴史的にも重要な意味をもっていることが分かりました。やはりPCにはお伺いしてみるべきですね。
さらに。これまで真正面から見ていたポスターを、見方を変えて左斜め下 - 実際、左下角の余白部に刊行者名が記載されています - から眺めてみると、「The Liberal Publication Department」が10点、「The National Union Conservative」が8点と、自由党と保守党の2党に集約されるものであることも分かりました。
1929年のイギリスの総選挙は、前年の選挙法改正で定められた男女平等選挙権のもとでの初の選挙だと云うではありませんか! この時の選挙で初めて、男性と同じ21歳以上のすべての女性に選挙権が与えられたのだそうです。
ポスターを見ると、とくに自由党=リベラルのポスターデザインに女性や暮らしに関係するモチーフが使われているものが多く、なるほどと納得。
選挙結果としては、今回街頭するポスターがなかった労働党が議席数で第一党となり労働単独内閣が成立、党首マクドナルドが再選されるも、得票率では保守党が労働党を上回ったため、労働党は不安定な議会運運営を余儀なくされたようです。
その保守党=コンサバティブのポスターで盛んに呼びかけられているのがsocialism=社会主義の排除。で、このsotialismと云う言葉を多用しているのが自由党=リベラル陣営。第一党となった労働党=Labourの選挙戦略がどのようなものだったのか分からず、はっきりしたことは云えませんが、保守党の反社会主義選挙キャンペーンが奏功したものか、選挙の結果、自由党はこの時3番手にとどまります。以後、自由党は衰退を止められず、戦後今日まで続く保守党・労働党の二大政党制はこの時に始まったということです。こうしてみると、確かに1929年のイギリス総選挙は歴史的に重要な意味をもっており、このポスターの意味も(とくにまとまった数量があるということで)変わってきてしまいました。
委託に出すのもバラ売りするのもとりあえずやめて、何故か漫画タッチのイラストを使ったものが多い保守党のポスターと社会主義を謳いターゲットに明確に女性を置いていた自由党のポスター、合計18点一括での販売となります。サイズは全て76.5×50.5cm前後、小店キャビネトの一番大きな引き出しに充分収まるサイズです。
■藤田嗣治の挿絵本入で知られる『Seller Image
Les huit renommées』など、日本を文化に関係する書籍を数多くフランスの代表的な出版社からフランス語で発表した日本人女性・キク ヤマタ=Kikou Yamata。1920年代、いくら当時の世界都市だとは云えパリで著書をものした日本女性などごくごく少ないはずで、評伝の4~5冊、軽ぅ~く出ているだろうと思っていたのが大間違い。キク ヤマタの生涯について詳細が分かるようになったのはここ数年のことではないかと思います。
今週の発掘品2点目は、1942年に何故かハノイで発行されたキク ヤマタの著書『Au pays de la Reine - Etude sur la civilisation japonais et les femmes(女王の国で-日本文化と女性の研究)』。ムッシュ・スズキ宛ての署名と識語・日付等が山田の自筆で扉に添えられてます。
日本人の父とフランス人の母との間に生まれ、リヨンと東京で育ちながらフランス語を母語とし、父の没落により米国AP通信社東京支局長秘書として働いた後、戦間期のパリに戻ると高名なサロンの常連となりヴァレリー等とも親しく交流、その著書をレニエやモープランが書評にとり上げたり一躍脚光を浴びましたが、満州事変以降、フランスで立場を苦しくしていたところ国際文化振興会からの招待をうけ 1939(昭和14)年、欧州での第二次世界大戦突入直前に日本に向けて脱出。結婚後は夫婦で中立国スイスの国籍をもっていたキク夫妻は太平洋戦争開戦から占領期まで約10年を鎌倉で暮らしたと云います。
この間に一度、夫妻は特高に検挙されています。検挙は1943(昭和18)年11月のことで、キクの検挙の理由となったのが本日の1冊=『Au pays de la Reine』だとされています。
キクが本の扉に記した日付が「September 1943」で、その1行上には「Kamakura」の記載も見え、検挙直前に署名されたことが分かります。
ここまで辿ってきたキク ヤマタの足跡と、この後、戦後をどこでどのように暮らしたのか、その生涯の詳細については下記のアドレスで是非ご一読下さい。
私はリヨンの街に一度行ってみたくなりました。
https://sites.google.com/site/kikouyamata/nihongo
思うところも云いたいことも山ほどありますが本日はここまで。
明日からの4連休も心して過ごしましょう!
■またしても大型で強い勢力の台風が。進路にあたる地域の方々にはくれぐれもご注意下さい。どうかご無事でありますように祈念申し上げます。
■残念なお知らせがひとつ。毎年1月の吉例となっていた松屋銀座での「銀座 古書の市」はコロナウイルスの影響により無期延期となりました。目録が出るまでお買い控えいただく必要はなくなりました(笑)ので、新着品等気になるものがありましたら随時ご連絡下さい。
年に一度の顔見世興行がないのは寂しい限りではありますが、参加店各店、それぞれの場所で頑張っております。どうか変わらずご厚誼を賜りますよう心よりお願い申し上げます。
あくまで中止ではなく延期と伺っております。次回開催が決まり次第また改めてお知らせいたします。しばしお時間をいただきますが、「銀座 古書の市」を今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
■芳名帖というのは、世間に名の通った人の署名が多いものなら単純にサイン帖として価値づけができる商品ですが、その成立の過程に眼を向ければ - もちろん、こちらの方が本来的な意味であり見方なわけですが - あるひとつの事象に何らかの関係を持った人たちの名簿であり、その事象に関係して、限定されたある時間・あるひとつの空間に去来した人たちの痕跡を示してくれるひとつの記録だと云えます。いまはもう失われた事象、それが存在した時間・空間を、立体的に肉付けして見せてくれる何よりの手掛かりであり、芳名帖を眺める面白さは、この点にあると思います。
がしかし、芳名帖は売れない。絶対的に売れない。なので、余程のものでなければ手は出さないと決めています。その芳名帖が久しぶりに入荷しました。余程のものかどうかは以下ご確認を。
旧蔵者は南大路一(みなみおうじ はじめ)。1994(平成6)年に亡くなった春陽会系の洋画家で、アヴァンギャルド芸術クラブに参加したとも。残された作品をみると具象も抽象も ものしたようです。
芳名帖は展覧会で7回分・合計8冊。内、2回分・2冊は藤井令太郎と田中岑との合同展。年期が記載されているものから見て、昭和28年から昭和60年の間に開催された展覧会時の芳名帖と見られます。
田中岑の名前は挿絵か装丁の仕事だったか、どこかで見たことがあるような気はするものの、藤井令太郎も肝心の南大路一の名前も知らず、期待しないでページをめくり始めてびっくり。作風の広さは交友関係の広さにつながるのか、はたまた当時の画壇というのはマメな方たちの集まりだったのか、次から次へと思いがけない著名画家・評論家・美術界関係者の名前が出てきます。画像で芳名帖毎に挟み込んである白い紙は、目に留まった名前を走り書きしたメモです。1冊ずつ見ていっても、ざっとこれくらいの名前が抜き書きできます。
主な名前を挙げていくと下記の通り。
小林秀雄、徳大寺公英、高見順、結城信一、福原信義、福島繁太郎、洲之内徹、船戸洪吉、植村鷹千代、江川和彦、大下正男、瀬木慎一、東野芳明、針生一郎、中原祐介、宇佐美英治、福田豊四郎、瑛九、岡本唐貴、仲田定之助、中川一政、岡鹿之助、織田一磨、三雲祥之助、高間惣七、林岳彦、勝呂忠、麻生三郎、高見堅志郎、立石鐵臣、木村荘八、上田哲農、佐藤忠良、朝倉摂、吉田遠志、脇田和、杉全直、河原温、山口勝弘、靉嘔、金子真珠郎、田中田鶴子、久里洋二、真鍋博、利根山光人、清宮質文、駒井哲郎、浜田知明、難波田龍起、土門拳に藤本四八、武田百合子もあり、そして、瀧口修造 !
瀧口はじめ上記の方たちの多くは1度といわず、複数回の署名を確認することができます(河原温と洲之内徹と小林秀雄はそれぞれ1回だけでした。残念)。もちろんこれもメモの一部。小店店主のことですので、まだまだ見落としもあろうかと。
いずれにしても売りにくい芳名帖、バラしてみたところであまり意味はないと見て、8冊一括での販売とさせていただきます。
■たべ・けんぞう と ヨシダ・ヨシエという核をテーマとする作家のコラボレーション『BOMBA MESKALINA』は広島に原爆を落とされた日からちょうど30年後の1975年8月6日、発行ならぬ"発光"なった限定210部です。発行には日本のコンセプチュアル・アートの第一人者として評価が高まる松沢宥が関わっており、奥付にあたるカードでは"発光源=松沢宥方・虚空間状況探知センター"となっています。どこか1970年に発行された「精神生理学研究所」を思い起こさせるネーミングです。
タイトル入りのアクリルボックスには、たべの署名入りのシルクスクリーン12葉と鏡面アクリルボードに脳の図版を乗せたレリーフ1葉、ヨシダの署名入り小冊子1『BOMBA MESKALINA-GREAT WHITE LIGHT』1冊、作家名のないオブジェ(ピンクの人面)1点、刊行情報に関するカード2点が収められています。
反戦反核をコンセプトとする『BOMBA MESKALINA』"発光"から45年、原爆による"発光"から75年の今年、広島と長崎と、この国のトップは式典挨拶でほぼ同文を読み上げました。政権与党はいつまで経っても核兵器禁止条約に署名しようとしません。そのトップを支持し、その政策を支えてきたのは、他ならぬ我々国民であることを痛感する今日です。
■今週の斜め読みから。
時々暴走することのある方による論考ですが、この7年8か月のことをこれほど的確に表現してくれたものは、これまでのところ他にありませんでした。
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020082800004.html?fbclid=IwAR141KEKz08-gLQf1Dg0uWsgAvVNMjcV7jP2rUkRCYIEwOMqjKfp02IcTKs
ところが、次期候補者のなかで国民の大多数がもっとも相応しいという政治家は、あろうことか「自助 公助 共助」をスローガンとして恥ずかしげもなく
https://mobile.twitter.com/akasannom/status/1301132999333879808?fbclid=IwAR2RVUcpZCdjy2YJaR7zt-nT9I2HyILQj5Y5QsMlpH73_iRRzJubfXeOA4A
真摯な問いには答えず
https://mobile.twitter.com/miura_hideyuki/status/1301398583703252993?s=19&fbclid=IwAR0i5l2ByiZ1sxRtcoo0neKUD9tdHBRB6ArRyH8Rf02TxfVXPTcLcKFiz8c 力強く進めていくと云う前政権の成果はというとこれが実態。
https://mobile.twitter.com/yukionoguchi10/status/1299516923193876482?fbclid=IwAR0TovWgDy0YPhOJJ27oj1N3hEA9egAdBdp3oJPmu16qhcO-RNiwJf9uZiM
またしても続くのか 低温火傷の日々……。