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13/10/05 戦前日本の中流家庭を映した「一人分一軒分持ち物標準図解」と戦後日本人が目指した豊な生活『DEPENDENTS HOUSING』


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■明治末期の創刊以来、戦争中に中断することもなく、今日まで発行され続けている女性総合雑誌『婦人之友』。創刊からちょうど30年目の最初の号(=第30巻第1号)にあたる昭和11(1936)年新年号の附録が今週の1点目。
題して「一人分一軒分持ち物標準図解」。戦前の古本に詳しい方ならすぐにお分かりのように、今和次郎と吉田謙吉による『モデルノロジオ 考現学』と非常によく似ており、考現学の家庭内部ヴァージョンといった感があります。今回初めて知ったのですが、『婦人之友』を創刊した羽仁もと子は、創刊当時から合理的な家庭内のあり方について啓蒙に努めていたとのことで、昭和10年には考現学の手法を応用したと見られる「一人分一軒分持ち物調査」を実施。この新年号の附録は、調査結果から導き出された標準値=当時の平均的な家庭の姿を図解したもの。
今回入荷したのはタブイド判二分の一位の大きさに片面カラー印刷されたペラ5枚。全点共通タイトル「一人分一軒分持ち物標準図解」の内、「玄関・洗面所・浴室・物置の隅々まで」「居間・食堂にあるもの」「子供室・書斎の内部」「主人の持ち物・男児の持ち物」「女学生一年間の服装」となっています。手持ちの5点から、「幼児の持ち物」がないのは確実なのは分かりましたが、何分にも本日初見で落札、他に現物を見たことがないので確かなこは云えませんが、主婦の持ち物や台所など、他にも数点はあってしかるべきものと思われます。それにしても、何かが欠けてるなんて大切なことに、落札した後に気がつくというのには本当に困ったものです。
いや、本当に困ったものなのではありますが、ですがしかし、昭和10年当時、『婦人之友』を講読していたような中流家庭では、すでに女学生は洋装で1年を通していたらしいこと、主人にも男児にもパジャマが用意されていたこと、風呂がガス風呂になっていること、食堂の戸棚にナイフ、フォーク、スプーンの置き場が設けられていること、など、考えていた以上に生活の洋風化が進んでいたことには驚かされますし、ワードローブには必ず帽子が含まれていること、箒や はたき だけでもそれぞれ数種類用意があったこと、石炭や炭の置き場があることなど、当然ですがとっくの昔に生活の場から姿を消したものが確認できます。戦前昭和の中流家庭のあり方を伺わせて見ていて飽きることのないユニークな資料です。


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こちらは戦後の暮らしに関連して。「一人分一軒分持ち物標準図解」から12年後の昭和23(1948)年、東京の技術資料刊行会が発行した『DEPENDENTS HOUSING』が今週の2点目。
日本語タイトルを『デペンデント ハウス 連合軍家族用住宅集区  建築篇・家具篇・什器篇』とするこの本は、アメリカ進駐軍軍人とその家族ための住宅と住環境についてまとめたもの。実際に建設・生産された建物や生活用品の写真と、それらを日本側に発注した際の詳細な仕様書とから成るものです。同じ日本語の扉に「米太平洋総司令部技術本部設計課設計  商工省工芸始動所編」とある通り、ここに掲載されているものは全てGHQの設計・指導のもと、日本側のスタッフが「日本国内の何処に於ても入手可能の資材を以て」(建築責任者であり技術指導にあたったクルーゼ少佐の序文より)建設・製造にあたったようです。
1964年に日本に返還され、その跡地にオリンピック関連施設が建設された代々木の「ワシントンハイツ」を中心に「満鉄アパートメント及陸軍省アパートメント」など、それぞれ住区の全体像、何タイプにも分かれていた住宅、学校や教会、使用人宿舎やクラブハウス、スーパーマーケットやガソリンスタンドなど外観の写真に始まり、タイプ別の住宅内部のレイアウトと椅子、机、ベッドをはじめとする家具や照明器具、簡易型のシステムキッチン、さらに、冷蔵庫やオーブン、卓上トースター他ガス・電化製品、鍋や薬缶など調理用品、水差しやカトラリーなどテーブルウェアまで、現物の写真多数に建築物から雑貨に至るまで、これさえあればいますぐ作ってしまえそうな詳細な英文仕様書が付されています。
建築写真を担当したのは渡邊義雄。巻末の和文による解説は約40ページにわたり、実際に計画に携わった日本の担当者が寄稿。「建築篇」ではクルーゼ少佐の序文の他、網戸武夫、度会正彦などの名前があります。また、家具篇には豊口克平の長文があり、末尾の担当者名一覧には剣持勇の名前もありました。
クルーゼ少佐がその序文のなかで、「本書に示された住宅は連合軍家族の大部分に適合するものと考えられるのであるが、又同時に日本人にとっては新住宅・新生活様式の先駆と見做され得るものである」と云っていますが、日本人の戦後というのは、これらを手に入れるための歩みだったのかも知れません。

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