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21/01/30 発見 ! 掛札功 ! 出現 ! ヤングセブン !

■「古書目録福袋」に同封してお送りした小店目録のご注文は本日1月30日(土)で締切りとさせていただきます。抽選結果につきましては、1月30日閉店後より2月2日(火)頃までに順次ご連絡させていただきます。
ご注文の重複により、残念ですがご希望に添えないケースもあり大変心苦しく存じますが、どうかご理解を賜りますようお詫びかたがたお願い申し上げます。
しかし何よりも先ず、御礼を申し上げねばなりません。コロナ禍という状況下、一種、リアリティに欠けるあの目録にご注文をお寄せ下さいましたみなさま、目録をご高覧下さったみなさま、そして お問合せ、ご検討下さいましたみなさまに、心より御礼申し上げる次第です。本当に有難うございました。お陰様で今年の滑り出しもまずまずまずです。
改めまして、2021年も何卒よろしくお願い申し上げます。

エフェメラ専門店を標榜するからには、市場に絵葉書帖が出品されていれば必ずパラパラとめくって内容を確認します。小店向きだと思えば仔細に点検しながら頭のなかで入札価格を計算しはじめることになりますが、ここのところ、そこまで行く絵葉書帖はなかなか現れませんでした。これもまた? と期待しないで1冊で出品されている絵葉書帖を開いて見ると、洒落たセンスの肉筆画の絵葉書が結構あって、もう少しよく見てみることにしました。
ミュシャの模写かと見紛う水彩画の絵葉書が1枚、思わず宛名の側を確認すると、差出人の名前は「掛札功」。慌てて同じようにちょっとバタくさい絵葉書をひっくり返すと「掛札」から出された肉筆絵葉書が何枚もあり、しかもまたその絵がうまい! 選んだ絵葉書のセンスも申し分ない! というので久しぶりに絵葉書に入札。ここのところ絵葉書に対する勘がすっかり鈍っていて落札が危ぶまれましたが、上札で無事落札。二番札とは数十円差の僅差だったと、改札直後にその僅差で負けたご本人から聞かされて胸をなでおろしました。掛札さん、どうやら私のことを気にかけてくれたようです。
「掛札功」という人のことを知ったのは、ゼロ年代の中頃だったか、以前に何度かお手紙のやりとりのあった研究者の方から、久しぶりにお送りいただいた研究論文を通じてのことでした。
当時はいくらググッてみたところで出てこなかった掛札功ですが、いまググってみると-

1886年茨城県~1953年東京/写真芸術社の結成に参加する。薬剤師として資生堂、聖路加病院などに勤務。1923年著書『写真引伸法』(写真芸術社)刊行。1949年日本写真会会長に就任。

ということが簡単に分かる2021年です。こういう時代だからこそ、小店店主も落札してきたその日のうちにまるで旧知のように説明が書けるわけですが。それはともかく。掛札は絵画ではなく写真の人。写真芸術社で資生堂・福原信三と肩を並べたられたのも、このセンスあってのことだったんだろうと感心しきりですが、いやしかし。いまは掛札功の絵葉書です。
宛先は「木村晴三」。戦前~戦中に挿絵画家の仕事をしていた人で、消印から見て明治39~42(1906~1909)年頃のもの。その当時、掛札は20歳前後で千葉医専に、木村は京都の第三高等に籍を置いていた模様。手紙の調子から、二人は幼馴染か学友か、同世代の友人関係だったことが伺えます。
掛札からのハガキには「東京名物其一 ハイカラ女学生 四〇六高地式ニ紫ノ袴 オリーブ色ノ絹傘……」とあったり、「画きたくばお笑い草にご覧に入れ」「オキル食フの外人は何もなし得ぬ」と良くも悪くも云ってしまえば健やかな青年時代を過ごしていたことを物語る内容。また、掛札の写真のモチーフとして知られる「庭球」の話も散見されます。 

掛札の写真、ではなく絵葉書、ということで、評価の難しいところではありますが、明治期の洒脱な肉筆絵葉書に少しだけ掛札の名前の分をのせて値付けする予定。
実は「木村晴三」の肉親(おそらく父親)にモースの指導で大森貝塚の写生にも携わった博物画の木村静山が居り、肉筆画のなかには挿絵画家・晴三のもあれば静山のものもあり(!)、画家の銘らしきものの入った静山宛てのものも多数あり……ということで、絵葉書帖1冊分・全98枚とは明日からしばらく付き合ってみようかと思っております。モダンボーイ掛札については、掛札の分だけでまとめる心積もりですが、店に出せるまでいま少しお待ちいただければ幸いです。
ちなみに、画像中の上2段までが掛札の肉筆画。なかでも上右端の魚の絵は「小生の傑作」とご本人が云ってます。確かにうまい!

■先週に続いて戦前と戦後が混在する新着品ですが、こちらは久しぶりの南画廊の図録、中でも珍しい『ヤング・セブン展』が入荷しました。1964(昭和39)年の1月30日、つまり、いまから丁度57年前の今日始まった展覧会の図録です。
タイトル通り、当時新進気鋭の現代美術の作家で東野芳明の序文によれば昭和二桁生まれだという7人-荒川修作、三木多聞、工藤哲巳、菊畑茂久馬、中西夏之、岡本信治郎、立石紘一-を取り上げた展覧会は、こちらもいまではググればたちまち回答が示される戦後美術史上のひとつのターニングポイントに位置付けられるもの。
「白」のイメージが強く、表紙には端正なタイポグラフィを配置した作例の多い南画廊の図録としてはかなり珍しいこの表紙も、「ヤング」を意識してのものか異色です。
小店としては15年ぶりくらいの、実に久々の再入荷品はしかし、某美大の先生が大切にとっておられたらしく一度に3冊の入荷とあって嬉しいような切ないような ……。

■今週の斜め読みから。
さすがにそれはないだろうと多くの方も感じておられるようですが。しかしよりによって生活保護を持ち出すとは…
https://news.yahoo.co.jp/articles/84d2856d97859ce2d76fc10e0e893f00d29342e4
どんな集団でも、トップにはトップとして相応しい能力というものがあると思うのですが、この人の場合、政治=言葉というスタート地点からして心細いわけで。
https://withnews.jp/article/f0210124001qq000000000000000W0fk10101qq000022442A?fbclid=IwAR2Je6wNmwLeiv_0Ukaj3ko3vlqThF1ht_qKxRGy6deD5FhPjeHWYqAtqYs
そもそも、かれこれ1年経ってもこの状況というのはもはやつける薬もないのだろうと思うばかり。
https://mobile.twitter.com/koichi_kawakami/status/1348364970807869441?fbclid=IwAR0aX0weL00_C_-r6w_WMREeepA7u-u2UGST7zfWLw7j6ggmBXLiHJljnOU
ニッポン重篤。

 

 

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