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19/06/15 autograph ; 薩摩治郎八 ストラヴィンスキー 柳瀬尚紀

■よりによってプロレタリア系の作家だと云うのに、恥ずかしながら槙本楠郎という名前はほとんど念頭になく、児童文学関係筋とあってはこの人の旧蔵品については市場に出たところでほとんど手にとることもなくスルーしていたのですが、その日最後に一斉に改札する最終台のそのひとつ手前の台の上、槙本氏宛の年賀状やらハガキから、本人と関係があるとすればどういう考えであつめたものか不可解な紀元2600年や海軍関係の絵葉書など、ある種雑多なひとかたまりの出品に気付いたのは、改札まであと10分程を残す頃になってのことでした。
年度別に手製の袋に入れられた年賀状の差出人を見ると、亀井勝一郎、小熊秀雄、藤森静雄、遠地輝武、安部宙之介、武井武雄、武内俊子、黒崎義介、奈街三郎、そして後に北朝鮮で活躍することになる黄憲永などそれなりの人やその筋の方たちで(左上の画像参照)、昭和15年前後の木版画が主。印刷ですがデザインの光る女人芸術社の2通などもあって決して悪くはないものの、ブンガクと無縁になり果てた小店としてはそう強い入札動機のもてない内容です。
ところが。
この雑駁な一口のなかでも最も入札動機のもてない未使用の絵葉書のファイルの表紙を開けて出てきたのが薩摩治郎八の自筆ハガキでした。実に特徴的な筆跡は、間違えようがありません。

薩摩治郎八の自筆!
実は小店店主、この人の「草稿」で一度失敗し、尚且つその後ほんの数回と機会そのものが少なく、その度にチャレンジすれども不首尾に終わってきた薩摩の自筆ものです。
背後に迫りくる改札の足音にあせりつつ、とりあえず入札。がしかし直後に下札から上札まで1万円を上乗せした額で改め札を入れるとすぐに改札が始まって。
待つこと数分。無事落札。案の定と云うか例によって上札で。やれやれ。
前置きが矢鱈に長くてすみません。
さて、今回入手叶った薩摩の自筆は全て絵葉書で5通。父親または両親宛が4通、妹・増子宛が1通。また、両親宛と増子宛の2通が渡航先からのもので、残り3通は一時帰国していた昭和11年 ー 『薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち』掲載年譜では空白の年 - に大磯や箱根など避暑地から父親宛に送ったものです。
渡航先からの2通の内、両親に宛てた1通は封書で送ったものか切手・消印なく8月28日の日付だけですが、英国で「40フィートの大海蛇」が猛スピードで「飛んだ由デイリーメールに出ています」とあり、海外からのものと見られます。
面白いのは妹・増子に宛てて出したハガキ。41年6月5日と書かれており、かつてプラハで行った講演が反ナチ的だという理由で、前年の9月頃から軟禁状態に置かれていたニースの別荘から発信されたもの見られます。
「今オカ〃二本、魚カン詰到着 全く天よりの賜物だ よく無事着いた 有難う 有難う(中略) 全く食料、サボン等は国宝以上(後略) パンゝ」
パリ社交界の寵児だったバロン薩摩にして、日本食を断たれカンヅメ状態に置かれてしまえば渡航先でのワタクシとそう変わらない単なるガイコクの日本人となるものらしい。文末の柏手「パンパン」には思わず同情含みの笑いがもれてしまうのでした。
これら5通に代々木の薩摩邸に宛てて出された薩摩家の人々の自筆ハガキ4通をつけた9通での販売です。
しかし…何故に槙本楠雄が薩摩家旧蔵のハガキを9通もっていたのかは謎のままです。何故だ!?

バロン薩摩とラヴェルとの親交は夙に知られていますが、彼らと同時代のパリで、ラヴェルとともに音楽界の寵児となり、やがて20世紀音楽を代表する作曲家となるイーゴリ・ストラヴィンスキーの自筆署名入り・タイプ打ちの書簡を市場で落札したのはもう4か月程前のことになりましょうか。一部はヤフオクにも出品されていたようで、ご存知の方も多いかと思いますが、今年放出されたその筋では夙に知られた個人コレクションからの1点です。 

書簡は音楽批評誌Revue Musicaleの編集長だったH(アンリ).プルニエール宛、1923年11月4日付けの1枚。SIMC(またはISCM=国際現代音楽協会)の評議会議長宛てに協会には参加できないことを伝えてある。よって、Revue Musicale誌掲載のSIMCフランスセクションのメンバーリストに自分の名が載るのは何かの間違いだと考えている。次号でこれを訂正していただきたい - 要約するとこうした内容。
ストラヴィンスキーくらいになると、このように強制的と云うのか自動的というのか、いずれにしても当人の確認もあいまいなまま名前を使われてしまうことなど多々あったとも聞きます。
名前を利用されたり騙られたり、運が悪ければ難癖付けて軟禁されたり、時の人とは「時代とともに踊らされる人」の云いのようで。
今回偶々自筆もの入荷が重なった薩摩とストラヴィンスキー。ともに、奇しくも40歳頃のものであります。

■自筆ものということでもう1点。「アリスと云えば!」の高橋康也へ「ジョイスと云えば!」の柳瀬尚紀が送った自筆書簡、便箋書き3通(内2通封筒付)とハガキ4通の全7通。
要は、高橋から贈られた著書に対する礼状なのですが、不可能とされる翻訳を可能にした言葉の人が、言葉遊びに注視した人へ送ったお礼の言葉は、ある種の芸域にまで達しているように思います。曰く「ウロボロス・ヤスヤーノフという怪物の果てしなく長い尾のことを思っております。」。曰く「『ノンセンス大全』のまばゆい嬉しさにまだ酔っているうちに『道化の文学をいただき、今度はうろたえています。』。曰く「高橋康也という博識存在に対して、ぼくは失語症になるのです。」。曰く「アローマのただようお手紙をいただき、なにか頭の下がる思いです。北海道の漁師町から出てきたばかりの田舎者が、不用意にも本物の紳士に出会ったような、そんな気持ちもします。」
こんな手紙かメールが書ける老人に私はなりたい。手遅れですね。

■今週の唖然と茫然。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20190614-00130084/

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190612/k10011949621000.html?fbclid=IwAR3T4iT01G18ESGP5N7QPQjHGYhQeTL_7cTecKUlsqas8azzQk2xzoLXm0Y 

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